ふと思いついたこと
by namuko06
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盧武鉉大統領の言う「侵略戦争」とは何をさすのか?
<竹島問題>駐韓大使と潘外交通商相会談 議論は平行線か

以前、領土範囲の主張は、日本、韓国両国にとって原点の主張であることを書いた。 今回、この主張が真っ向からぶつかり合おうとしている。これは、毎年日本が竹島の占拠状態(韓国にとっては守備として当然な行為)に対して、口上書を提出し、国際司法裁判所の審判を通じた平和的解決を望んできていたが、韓国に拒否され続け(韓国にとっては、もともと自分の領土なのだから第三者の審判など無用というつもり)たために、日本の主張を明らかにすべく、海洋調査を行動に移そうとしているのである。
 膠着状態だった領土問題は、韓国側が「問題」や「紛争」ではないという言い分を吹き飛ばすような、日本側の今回の行動は、新たな、日韓の協議ステージを作り出す上でも重要なポイントである。日本側の海洋調査行動をおびき出したのは、韓国側が竹島周辺の海底地形に韓国名称を今度行われる国際水路機関(IHO)の国際会議での提案だった。
 日本人として気にかかるのは、盧武鉉(ノムヒョン)大統領の20日のコメントだ。
「不当な歴史で取得した、侵略戦争で確保した占領地に対する権利を主張する人がいる」と日本を批判。「言葉だけで解決できない難しい状況にぶつかっている」と、日韓間の妥協が困難との認識を示した。

 まず、「不当な歴史で取得した領土」という主張は何を指しているのか。日本が竹島に対して起こしたアクションは以下のようなものがある。
 (1)1618年:米子領民が幕府の許可を得て竹島に渡航した。その後1692年、その翌年に遭遇した朝鮮人を米子に連行した。
 (2)1905年1月18日:日本政府が竹島と命名し、島根県の所管とした。
 (3)1910年8月22日:日本が大韓帝国を併合した。

しかし、大韓帝国は以下の(4)の時点で石島(おそらく竹島)を自国の領土として宣言しており、盧武鉉大統領の「不当な歴史による取得」というのは(3)の日韓併合以外にあたらないだろう。
 
(4)1900年10月25日:大韓帝国勅令で鬱陵島を江原道の郡に昇格、同時に石島も韓国領とした。

 ところが盧武鉉大統領のコメント後半に「侵略戦争で確保した占領地...」なるコメントはさらに疑問を呈する。「不当な歴史」を日韓併合とするならば、「もともと日韓併合の条約は無効だ」という韓国側の主張とあてはまるので、大統領のコメントとしては正しいが、併合に至る過程が「侵略戦争である」というのは、言い過ぎではないだろうか。もともと鎖国状態にあった王朝支配の朝鮮半島は日本だけでなく、西欧列強からも強い圧力を受けていた。このときは、確かに朝鮮側には侵略されるかも知れない、という危惧はあっただろう。とくに、朝鮮王朝は、もともと清の朝貢国として臣従していたから、その思いは当然である。
 当時の朝鮮王朝は開国してまもなく、混乱しており、親日派、新清派などが入り乱れており、結果として、内乱が勃発し、東学党の乱を収めるべく朝鮮王朝は清へ援軍を依頼する。しかし日本は天津条約により派兵の通知を清より受けたために、邦人保護を名目に朝鮮へ出兵する。これにより日清の軍隊がにらみ合いをはじめ、1885年8月1日に日清戦争が勃発するのだ。もし、朝鮮が清の属国であるとするならば、日清戦争は侵略戦争と言えなくもない。しかし、独立で様々な修好条約を締結するなど、独自国として機能しているのだから、それはあてはまらない。したがって、日本による内政干渉は多々あったかもしれないが、日清戦争は朝鮮に対する侵略戦争ではない。ましてや、日清戦争後の下関条約で、朝鮮は独立国として国際的にも認められたのである。
 その後、朝鮮政府は、日本が三国干渉に屈するのをみて、親日派は衰退し、親露派が台頭してくる。それを防ぐために、1897年大韓帝国と名前を変えてるが、基本的には朝鮮王朝支配のままであった。それに反発する派閥は、ロシアの強力な軍事力を背景にした南下政策に危機感を覚え、日露戦争期には、朝鮮半島内での鉄道敷設工事に協力をするなどしたのだった。しかし、日露戦争後も親露派は日本を排除すべく活動したが、結果的に大韓帝国の軍隊は解散させられた。その後、その残存兵士が抗日義兵闘争に加わって地下活動を行った。これが日韓併合までの流れである。
 したがって、盧武鉉大統領のいう「侵略戦争」が見あたらないのだ。第二次世界大戦後、アメリカ軍による南部朝鮮統治により国家基盤が形成された大韓民国の大統領が、どの戦争を指して言っているのか、まったくわからない。ましては領土範囲の主張としては曖昧模糊としていて、奇妙である。
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by namuko06 | 2006-04-20 16:41 | ニュース
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