ふと思いついたこと
by namuko06
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著作権の狭間
「シナリオ」2月号の中島丈博氏の怒り心頭した記事は、興味深かった。歌手森進一による「おふくろさん」改ざん行為など、著作権に関する無関心さがクローズアップされている今、ドラマ制作の裏舞台でも同様な行為が平然と行われていることがわかった。制作現場では、たたき台の脚本を全員でたたき直してよいものにしていいくという行為は当然行われているだろうが、筆を入れるのは必ず脚本家であるべきであり、そうであると信じていたが、中島氏の告発記事は、醜い人間の性を明らかにしている。その人間だが、広告批評の2000年6月号No.239で以下のようにインタビューに答えている。
──いまの、なんともいえない世紀末のドロドロした気分を表現する映画は、いっぱいある。でも、ここからどうするかというところに、そろそろ作り手が向かっていかないといけないんじゃないか。大学の美学の授業で、唯一、教授の言葉で心に残っているのが、クリエイション=創造することと、デストロイ=破壊することは違うんだ、破壊することはだれにでもできるけれど、そこからリコンストラクトして、もう一つクレアチオン、再創造するということに、人間の芸術の根源的意味があるんじゃないか、と言ったことだった。すべての芸術のモチベーションになるのは、前のものの否定だけれど、その次に何を構築していくか、いま、それを考えるときに来てるような気がするんですね。

すなわち、この人間にとって、中島氏が書いた脚本はデストロイの対象で、それを自分がリコンストラクト(再構築)して、書き直すことが必然である、と言いたいのだろう。それならそれで、ドラマのクレジットに脚本に自分の名前を冠すればよいのだが、予告段階では2話構成で、それぞれ異なる脚本家名がでている。卑怯きわまりない。
 中島氏の怒りは、とてもよくわかる。また、この醜い人間の作ったものは、今後一切見ないと肝に銘じた。
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by namuko06 | 2007-03-08 14:43 | 映画/ドラマ
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