ふと思いついたこと
by namuko06
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カテゴリ:日記( 38 )
マヨネーズ+わさび
刺身を醤油以外で食べてみた

私は、「マヨネーズ+わさび」 で刺身を食べます。カツオだけは別。
カツオ+マヨネーズでは、生臭さが際だつので、ダメですね。

<エキサイト>
誰が言ったか知らないが「刺身には醤油」というのが定番の日本。確かに刺身を醤油で食べれば美味しいし、最高の酒のつまみ、最高のご飯のおかずであることは間違いない。しかし筆者は、実は他の調味料で食べても美味しいのではないか? という疑いも持って生きてきた。ということで、今回は刺身を醤油以外で食べるという実験レポートをお送りしたいと思います。

用意したお刺身は、マグロの中トロ。刺身の王道で、いざ味の扉を開いてみることに。
まずは砂糖醤油。「醤油入ってるぞー」というツッコミはさておき、激甘の砂糖醤油でマグロを食べてみる。お味は?

これは意外と美味しい。この“意外と”というのがミソで、ひとくち目は甘さが先にきて相当キツイのだが、後から追いかけてくる醤油の味が見事中和してくれた感じ。結局、醤油の力を借りてますが……。これは食べられます。

続いてケチャップ。ちょっと洋風とのコラボですが、果たしてそのお味は?

これまた美味しい。結構、ケチャップの味が濃いせいか、刺身の生臭さを消してくれているのだろうか? 噛むと魚の旨みとケチャップの程よい酸味がよくなじんでいる、ような気がする。これもイケる。

そしてウスターソース。魚のフライにはウスターソースをかける派なので、これは結構期待できるのだが?

こりゃまずい! ウスターソースが薄いせいか、よくわからないが口の中がとにかく生臭い。念の為、トンカツソースでも食べてみたが、こちらもダメ。きっとソースと刺身の相性が悪いのだろう。

最後は一か八かでタバスコで挑戦。これは誰が何と言おうと辛いもの好きの筆者にとってはずせない一品。今までどんなまずいパスタでも、タバスコに助けられてきたため、厚い信頼もある。果たして?

刺身をタバスコにつけた瞬間、若干何かが溶けた気もするがペロリ。これはなんと……、辛い! 辛すぎる。辛くて刺身だろうが何だろうが関係なくなっている。味を伝える以前に、漁師の方に謝りたくなってくる。恐るべしタバスコ。

ということで今回の実験で感じたのは、刺身は「濃い味」だったら意外とイケるということ。要は生臭さを消しつつ、適度な味をつけてくれるのが醤油であり、他にも「濃い系」の調味料であれば美味しくいただけるのではないかという結果に。

是非皆さんも「醤油以外でお刺身」に挑戦してみて下さい。もしかしたら今まで築いてきた価値観がすべて崩壊するかもしれません。
(木南広明)

※ちなみに他にも「みりん」や「酢」でも食べてみましたが、とても残念な結果になりました

※本人の意思でやっております

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by namuko06 | 2007-05-09 17:44 | 日記
銃の弾を補充するアメリカ
イスラエルに武器輸送か 米チャーター機が英空港で給油
 【ロンドン30日共同】AP通信によると、イスラエル向けの「危険物」を積んだ米国のチャーター機が29日、スコットランドのグラスゴー・プレストウィック国際空港に燃料補給のため着陸した。英民間航空当局者の話として伝えた。当局者は「危険物」の内容を明らかにしなかったが、イスラエルのレバノン攻撃に必要な武器とみられる。
 当局者によると、30日にも別のイスラエル行き米輸送機が同空港に立ち寄る予定で、いずれも危険物搭載の届け出をしているという。
 ベケット英外相は26日、同空港で燃料補給したイスラエル行きの米輸送機が危険物の届けを怠ったとして不満を表明。ブッシュ米大統領は28日、ブレア英首相との首脳会談で謝罪した。
(07/30 11:27)

「即時戦闘中止」を要求 仏が安保理決議案提示
 【ニューヨーク30日共同】イスラエル軍とレバノンのイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラの戦闘をめぐり、フランス国連代表部は29日夜、紛争当事者に「即時戦闘中止」を要求、双方の合意に基づく停戦成立後、国連憲章7章に基づく安全保障理事会決議で承認された国際部隊を展開させるよう求める決議案を安保理各国に提示した。複数の安保理筋が明らかにした。
 米英両国首脳が28日、7章に基づく国際部隊の早期派遣を盛り込んだ決議採択を求めたことを受けた措置。安保理は今週、レバノン情勢をめぐる緊急の外相級会合を開く方向で調整しており、開催の場合はフランスの決議案をめぐる突っ込んだ議論が交わされそうだ。
(07/30 13:57)

 イスラエルに武器を補充しながら、一方の国連安保理では、フランスの即時戦闘中止要求と国際部隊展開の決議案に耳を傾けなければならないアメリカは、窮地に追い込まれつつある。安保理での決議検討で時間稼ぎをしながら、ヒズボラの壊滅を願うアメリカは、イスラエルに急遽さらに膨大な武器提供を行う可能性がある。しかし、これが明るみに出ると国際社会から批判を浴びるためリスクも高い。ヒズボラはイラン、シリアの援助を受けながら新兵器の投入をはじめているが、おそらくこのバックにはフランスなどの武器輸出国の動きもあり、人道的には、戦局は拡大させたくないが、イスラエル、ヒズボラ、国連軍といった三竦み状態を作り出して、イスラエル、ヒズボラともに軍備増強=武器商人が儲かる、という構図に持って行きたいのだろう。そして、ある程度の時期が来たところで、停戦協定を結ぶ。しばらくすると、今度はパレスチナとの戦闘が再開、といった泥沼化が予想される。
 従って、早期の国連部隊の展開による早期停戦が望ましいのだが、果たしてうまくいくかどうか。日本のマスコミはもっとこのニュースを取り上げて、政府、外務省をプッシュしなければならない。中東問題と北東アジア問題は密接に絡み合っているのだから、蚊帳の外ではいけない。
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by namuko06 | 2006-07-30 18:37 | 日記
花火遠隔観賞
d0053733_20202084.jpgd0053733_2020321.jpg足立区の花火を遠隔観賞した。子どもたちにも見せて楽しんだ。しかし、国土交通省が設置している荒川の監視用カメラでは、残念ながら音は伝わってこない。仕方がないので、私が「ひゅるるる〜、どど〜ん」と口まねをすると、次女は「ハハハ、へんなおと〜」と、ややうけ。
 まぁ、パソコンとインターネットで、遠くの場所で打ち上げられている花火を見る事が出来る、というのを理解できただけでも、子どもにとってよかったかもしれない。
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by namuko06 | 2006-07-27 20:29 | 日記
色鉛筆は難しい!
d0053733_21272939.jpg 色鉛筆を使って、絵を描いてみようと、チャレンジ。最初に使った色鉛筆は紙との相性が悪いのか、なかなか色がのっていかない。有る程度描いたところで、安い色鉛筆にバトンタッチ。今度は簡単に色がのる。
 しかし、繊細な線が描けないという苦しみにおそわれ、いらいらしたので、描き始めて30分で切り上げた。8割の出来具合だが、バックのかきこみがやはり不足している。
 ところで、色鉛筆画をスキャナーで読み込むとにせ色が発生する。色鉛筆で描いたところが反射しやすいのか、とにかく実際の絵と比較すると、とんでもなく色が違っている。これも問題だ。
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by namuko06 | 2006-07-20 21:36 | 日記
だるまさんがころんだ
 うちの子どもたちは、いつもは子ども部屋にあるベッドに離れて眠っているのだが、夏になると和室に布団を並べて寝るようになる。今年もそんな時期がきた。並んで寝るのが楽しいのか、部屋が暗くなっても、なかなか寝ない。ぺちゃくちゃおしゃべりをしたり、おもちゃで遊んだりしている。
 昨夜も、3連休の最後の夜だったせいか、ハイテンションな二人は、がさごそ、ぺちゃくちゃとかなり遅くまで起きていた。妻も私も「はやくねろよ〜」「明日は学校だよ〜」と言ってはみるものの、まったく聞く耳をもたない。
 そこで、私はそっと和室に忍び寄り、いきなり部屋の明かりを点けた。そうしたところ、次女はちょうどなにかをとろうとしていたのか、右手が枕の上に伸び、左膝を布団につけ、右足が空中に彷徨ったまま、体が硬直状態。その状態のまま、顔は枕に突っ伏している。
 私は、笑いをこらえて、「こらっ!」と言いながら、次女のおでこをピシリとはたく。「そんな格好のまま寝ている人はいないぞ〜」
 それを聞いた長女はあわててタオルケットを頭からかぶり、ゆっくりと私に背を向ける態勢に動いている。私は、「動くんじゃない!」と、長女のおでこをピシャリ。
 まるで、だるまさんがころんだで遊んでいるようだ。しばらく仁王立ちになって二人を見ていたが、次女は硬直状態からピクリとも動こうとしない。長女も私に背を向けたまま、動かない。私は、必死で笑いをこらえながら、「早くねなさい!」と言い捨てて、明かりを消したのだった。
 このことを、妻に話して、二人で大笑い。特に次女の右手、右足が空中に彷徨い、のけぞった体勢は見事で、そのまねをして、大笑いしてしまった。
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by namuko06 | 2006-07-18 17:09 | 日記
赤ちゃんに触れないでコミュニケーションできるのか?
 雨の日曜日、図書館はいろいろな人でごった返していた。雨だというのに、ベビーカーに赤ちゃんを乗せた親子が多いように見えた。幼稚園、小学生と親子連れなども非常に多かった。そのせいか、とてもにぎやかで、子どもの発する奇声だけでなく、無遠慮に声の大きな大人の会話なども多く、ゆっくり本を読んで選ぶといったことは、まったくできなかった。
 さて、私が本を探していると、突然後ろで、赤ん坊のわめき声がしたので、びっくりして、振り向くとベビーカーの中で、両足を踏ん張って「ギャー」っと泣き声を立てている。図書館の雑踏と化した雰囲気にあきたのだろうか、おなかがすいたのだろうか、生まれて数ヶ月の赤ん坊は、とにかくこの場所にいるのが不愉快らしい。母親は椅子に座って本を読んでいたが、
 「○○ちゃん、ちょっとだまってて」
と言っただけで、赤ん坊をあやそうともしない。赤ん坊を睨み付けている。目で赤ん坊を制止しているように見えた。そこで赤ん坊がだまったので、さすが母親の「ひとにらみ」は違うな、と感心しながら、私は本選びに戻った。
 数秒後、ふたたび後ろから「ギャーギャー」と泣き声。またも不覚をとって、びくりとしてしまったが、泣き声が継続しないので、ほっておいた。
 ところが、この泣き声はだんだんとエスカレートして最後には悲鳴のようになった。そのたびに母親は「静かにしなさい」「いいかげんにして」と言葉で赤ん坊をコントロールしようとしていたが、まったくの無駄のようだ。
 ふと、「なぜ、この母親は自分の読書をやめて、赤ん坊をベビーカーから抱き起こすなり、顔を近づけて、あやしたりしないのだろう」と考えて、思わずこの母親をじっとみつめてしまった。そして、この母親と視線があってしまった。彼女はさすがに迷惑とおもったのか、私の視線に避難の色があったのかわからないが、ベビーカーを押して図書館の隅の方へ行ってしまった。そのせいか、一瞬泣き声は止まった。しかし、隅の方で赤ん坊は再びぐずりはじめ、私が図書館にいる間、何度となくこの赤ん坊の悲鳴を聞いた。
 見る限りにおいて、まだ自分で立ち上がることも出来ず、言葉も発することが出来ない赤ん坊が、「ギャー」と周囲の迷惑になるような音量で泣く行為に対して、この母親は自分の読書を中断することなく、効果のない言葉による制止を何度か試みた。それらはすべて失敗で、赤ん坊は自制を完全に失ってしまったが、この母親が、なぜ私の妻のようにぐずり始めた子どもに触れて、何が原因なのか理解しようとしないのか。うちの場合は紙おむつは使わなかったので、ほとんどの場合、おむつが洪水で鳴いているケースが大半だったが。
 赤ん坊が泣くことが迷惑ではなく(赤ん坊の仕事は泣くことと、眠ることだ)、泣いている原因を理解して取り除かない、母親の行為(この場合、行動しない行為)が迷惑なのだ。もし、このことをこの母親に言ったならば、「私はちゃんと子どもに言い聞かせています」と反論されるだろう。言葉によるコミュニケーションが成立するのは、もうちょっと年齢が経たないと無理ではないかと思うのだが、最近の赤ん坊は進んでいて、母親の言葉や視線をノンバーバルなものとしてコミュニケーションできる力があるのかもしれない。
 しかし、触ってもらえない赤ん坊は不幸である。泣くという自己主張を永遠と続けなければならないのだから。泣いても泣いても、コミュニケーションしたい相手が皮膚感覚として現れないのだ。これがずっと続いたとしたら、泣くこともあきらめ、皮膚感覚でのコミュニケーションもあきらめてしまうのだろうか。
 今日の、この母親は、いったい何の本を読んでいたのだろう。彼女の心理状態も少々知りたくなってきた。泣いている赤ん坊に触ることが出来ない母親だとしたら、彼女も不幸である。
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by namuko06 | 2006-07-09 22:12 | 日記
観世音菩薩というスーパーマン
たまたま出席した葬儀で、観世音菩薩普門品偈(観音経)をきいた。これは法華経の第25章にある「観世音菩薩普門品」の中の韻文体で書かれた偈(げ)の部分である。僧侶の読経ではなかなか全文を聞いて理解するのは難しかったので、帰ってきて岩波文庫の「法華経」をひもといてみた。法華経は、生きていく上での様々な苦痛から逃れる術を、釈迦と弟子達の会話形式で説明したものであるが、とくに観音経は、観世音菩薩を登場させ、普門、すなわちどのような方向からでも苦しんでいる者を救う話である。観世音菩薩は名前の通り、困っているときに「かんのんさま〜」と叫べば、それを聞き入れて、救ってくれる菩薩であるが、助けるためには、姿形を変えて困っている者の前に現れて直接手助けをしてくれる、スーパーマンなのだ。
 逆説的に言うならば、自分が困っているときに助けてくれた医者なり、友人などは、すべて観世音菩薩の慈悲によるもといえるだろう。
 肉体的に死を迎えた者も、同様である。仏教的な此岸から彼岸までの道すがら様々な困難が待ち受けているに違いない霊達にも観世音菩薩は手をさしのべてくれる。
 このように精神的な死による苦痛を救うために、観世音菩薩は自由自在な行為によって、その目的を果たしてくれるのだが、葬儀の最中に観音経の本質を理解することは、信仰心の薄い私にはなかなか難しかった。しかし、「助けて、かんのんさま〜」と願うだけで、観音様が変身した何者かが助けてくれる、というのは妙に説得力がある。
 電車の中で急な腹痛に見舞われ、「苦しい助けて〜」と心の中で叫びながら、倒れたときに周囲の人々が助け起こしてくれたりすると、助かった安堵感とともに、助けてくれた人々に対して感謝の念が自然とわき起こってくる。
 身内の死を受け入れられなくて、悲しくて心苦しんでいるときに、「誰か、助けてくれ」と願ったところ、友人達が代わる代わる家に来て、話を聞いてくれたり、慰めたりしてくれ、心がだんだんと安らかになっていく。
 このようなことが、観音経の本質なのであろうと、理解した。
 しかし、日々ニュースを見ていると、どうしてもっとはやくに誰かが救わなかったのか、と思うような犯罪、事件があまりにも多い。救われない理由がどこかにあったのだろうか。死を境界とした精神的な救済の思想は、まだまだ勉強する必要があるな。
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by namuko06 | 2006-06-30 14:17 | 日記
受け継いだ炬火を消さないために
死について考えている。「死は避けられないものである以上、それがいつ来るのかが大切なことなのだろうか。」(モンテーニュ) 死への恐怖や悲しみは、それが起こることを忌み嫌う。だからそれが「いつ来るのか」敏感にならざるを得ない。しかし、「われわれの誕生はわれわれにすべてのものごとの誕生をもたらしたように、われわれの死はすべてのものごとの死をもとらすだろう」とあるように、生を受けたものは必ず死ぬのだ。そして「一度しか起こらないことは、苦しいものではあり得ない」のだ。個々の死は生と同じように自然が強要したものでしかない。
 しかし、私たちは身近な者の死を、そして自身の死を恐れや悲しみと切り離して、客観視できない。それは肉体的な死と精神的な死が同期しないからなのだ。「死すべき人間たちはたがいにいのちをうけわたす。あたかも走者が炬火をうけわたすように」(ルクレティウス『事物の本性について』)精神的な魂の継承が行われなければ、精神的な死を受け入れたことにはならないのだ。
 死への道は、すなわち生であり、死の直前までの肉体的苦痛を乗り越え、精神的苦痛に耐えたものだけが、死んだ者の炬火を受け取ることができる。そして、死によってあらゆる苦痛から解放されたものは、受け渡した炬火を遠ざかりながら眺め、新たな誕生の準備にとりかかるのだ。
 いつ炬火を受け取れるかどうかは、受け取るべき私たちが精神的な死を受け入れられるだけの準備ができているかどうかで決まる。そして、私たちがいつ、誰かに炬火を受け渡すかどうかは、自身の肉体的精神的な死を乗り越え、耐えることができるかどうかで決まる。
 受け渡された炬火を消滅させることなく、さらに燃えさかえさせ、次の人間に受け渡すこと。これが今、死への道を歩んでいる「生きている」私たちにできることだ。
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by namuko06 | 2006-06-28 20:03 | 日記
新型MPV 見てきました
 マツダがMPVをリニューアルした。僕の持論としてマツダの車は、スポーツ&コンファタブル の路線を追求すべきだと思っているのだが、今回のMPVはまさにそのイメージにぴったりのものだ。ディーラーから展示車が来たとの連絡があったので、早速行ってみた。残念ながら試乗は出来なかったが、乗って触って、見た印象について述べよう。
 まず、外観。ブラックカラーだったので、やや落ち着いた印象を与えるが、これまでのMPVより高さが抑えられ、またリア部分も絞られたデザインなので、小さく感じた。しかし、下部に眼をやると、長くなったホイルベースが、この車のスポーツ感を急激に溢れさせる。展示車は17インチのタイヤを履いていたが、ターボモデルでは18インチになるという。想像するだけでもぞくぞくしてしまう外観だ。やはり印象的なのはフロントグリルだ。大きく口を開けたバンパー部分や、ライトの造作は、きわめて近未来的だ。
 次に驚いたのは、前席ドアを締めたときの音だ。重厚でかつ高級感のある音が、この車の造りが今までにないものであることを教えてくれた。おそらく、もしこの車を購入したときは、車を降りるたびに締めるドアの音が、ドライブ後の満足感をさらに昂揚させてくれるだろう。
 2列目のシートが、きっちりと作られているのに、好感が持てる。ドライバーシートと同じような形状で、長時間のドライブにも疲れないだろう。さらに、フットレストもついていて、足下の広がりが十分に確保されつつ、下半身にも負担がかからない、そんなシートだ。もしも運転をしないのならば、助手席よりも2列目に乗りたいと思わせる。
 3列目は、これまでのMPVよりも足下の広さが確保され、頭上の空間は狭くなったが、体の窮屈感は、そんなに感じない。2列目シートが大きくなったため、残念ながら前方視界がなくなったが。
 運転席からみるコックピットのパネルは、見物だ。展示車の電源を入れてもらってみたが、ブラックアウトした画面から、赤い針が浮かび上がり、次にメーター目盛りやインジケータ類がパネル空間に浮かび上がってくる。3Dブラックアウトメーターと呼ばれるこのメーターは、運転中のパネル視認性を格段に向上させているに違いない。特に夜間のドライブでは、メーターとリアウィンドウに流れる世界が近未来的な印象を与えてくれるに違いない。
 サウンド面については、残念ながらチェックできなかったが、BOSEシステムが標準で提供されるのはうれしい。特にAUDIOPILOTという車内マイクが走行音を拾って、ロードノイズを低減させる、ノイズキャンセルシステムはうれしい。このシステムの組み込みには時間がかかったであろう事は想像できるし、このMPVを買うならばこのシステムは是非欲しい。実際の使用感は、次回試乗で感じてみたいと思う。
 エンジンルームはこれまでの2.3リットルのエンジンと同じようにコンパクトである。展示車はターボ車ではなかったので、空いている空間にターボシステムがはまりこむのであろう。カタログで見ただけだが、この直噴ターボエンジンの出力は最高で245HP。このエンジンは北米で発表されたCX−7とほぼ同じモノだろうと推測するが、マツダのレシプロ・エンジンの中では最強である。まぁ、8500rpmまで回って250HPまで出力するMX-8のロータリーエンジンをマツダを持っていて、個人的にはこちらの方が良いのだが。ちなみにCX−7も近いうちに国内発表されるらしい。
 さて、試乗もしていないのに結論を出すのははやすぎるが、「欲しい!」。ただし、先立つものが無いので、しばらくはカタログをながめて、気持ちを癒そう。
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by namuko06 | 2006-02-04 21:53 | 日記
子どもの心

うそつきライオン



 ライオンは強い
 ライオンはえらい
 ライオンはかしこい
 ライオンはかっこいい
            
 でも
 ライオンはさびしい
 いつもひとりっきりで
 アフリカの草原に
 ぽつんと おいてきぼり

 それに
 ライオンはかなしい
 お母さんライオンや
 お父さんライオンは
 どこか 遠くに行っちゃって
 ライオンの話をきいてくれない

 だから
 ライオンはうそをつく
 僕は強いんだ
 僕はえらいんだ
 僕はかしこいんだ
 僕はかっこいいんだ
 そして
 もっともっと うそをつく
 僕は世界一強いんだ
 僕は世界一えらいんだ
 僕は世界一かしこいんだ
 僕は世界一かっこいいんだ
            
 でもね
 うそをついても つかなくても
 みんな 知っているんだよ
 ライオンは強い
 ライオンはえらい
 ライオンはかしこい
 ライオンはかっこいい

 だから
 うそはつかなくても いいんだよ
 みんな みんな
 ライオンが強くて
 ライオンがえらくて
 ライオンがかしこくて
 ライオンがかっこいいことを
 わかっているからね

 だからね
 さびしかったり
 かなしいときは
 話してごらん
 みんな みんな きいてくれるよ

 だって
 ライオンは強くて
 ライオンはえらくて
 ライオンはかしこくて
 ライオンはかっこいいことを
 みんな みんな
 わかっているからね



追いつめられ苦しんでいる子供達へ送る
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by namuko06 | 2006-01-19 17:17 | 日記