ふと思いついたこと
by namuko06
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カテゴリ:意見( 10 )
情報セキュリティ対策にはお金がかかるわけ
<情報セキュリティ会議>警察など最低ランク 最高はなし
[毎日新聞 07月26日 00時05分 ]
 政府の情報セキュリティ政策会議(議長・安倍晋三官房長官)は25日、中央省庁の情報管理状況を4段階で評価した調査結果を公表した。パソコン端末について情報管理が徹底されるべき警察、外務なども含めた6省庁が最低ランクの「D」評価で、最高の「A」評価はゼロ。コンピューターに対するサイバー攻撃への出遅れが浮き彫りになり、安倍長官は全省庁に早急な対応を指示した。
 調査は内閣官房をはじめ各省庁や人事院、公正取引委員会など19官庁のパソコン約46万台を対象に実施。今年3月時点で(1)ウイルス対策ソフトの導入(2)パソコンの情報の暗号化(3)ソフトの欠陥の修正ファイル適用——など9項目の基準を満たしているかを調べた。
 基準を100%満たしたA評価はゼロで、おおむね良好な「B」評価も金融庁など3省庁にとどまった。基準の実施率が60〜80%で不備の目立つ「C」評価は防衛庁や財務省など10省庁にのぼり、「落第」のD評価が6省庁と全体の3分の1近くを占めた。
 サーバーに関する同様の調査では公正取引委員会だけがA評価で、14省庁がB評価だった。
 一方、会議では「ウィニー」対策も協議した。政府は情報流出を防ぐため私有パソコンの職場持ち込みを原則禁止とする統一基準を設け、持ち込む場合は実施手順を作るよう求めている。しかし、25日時点で6省庁が手順を策定しないまま私有パソコンを使っており、同会議は早急な対応を要請した。【小山由宇】

 情報セキュリティ会議の報告書も会わせて目を通してみたが、まだ中間報告程度のものだった。しかし、重要なのはひとつの物差しで横断的に評価してみたという点だろう。各省庁によって、秘匿すべきモノやそのレベルが様々であるため、本質的にはひとつの視点からでのセキュリティ評価は困難であるが、それを省庁間の調整をしながら実施したことに、意義を感じた。最低ランクだから悪いということではなく、改善の余地が多いという解釈の方が適性であろう。
 一方、民間のシステム導入業者の対応も、実は問題だ。顧客(この場合省庁だが)のニーズに応えるだけでなく、セキュリティ対策の要件をまとめ、提案するといったことがまったくできていないのではないか。提案したとしても顧客の予算を越えてしまい、セキュリティ対策が後回しになってしまった、というケースが大半であろう。
 一般的に、民間のIT業者はセキュリティ対策と称して、ハードウェア、いわゆる箱物を売りたがる。しかも人手が懸かるようなものをだ。箱を売って、それを設定するためのSE費用を別途上乗せしていくのだ。また、年間保守費用が発生するようなもの。これが省庁ともなると、あれやこれやとよけいな要件を付け加えて提案費用を水増ししていくのだ。これでは、しっかりとしたセキュリティ対策ができるわけがない。守るべきモノ、守る方法などを吟味し、顧客に必要と思われる対策ケースをスタディして、予算に応じた最適なモノを提案するといった設計力・技術力がIT業者には必要だ。残念ながら日本のIT業者は、私が知っている限りでは、力不足だ。
 また、セキュリティ対策を構築するのは、受注したIT業者自身ではなく大概がその子、孫受け業者のSEである。まるで建築業界のゼネコンを中心とした企業体型と同じ構造である。従って、提案した内容と、実際に構築されたものが若干異なるといったことも、多々あるように聞こえている。こういった実態を解明せぬまま、表面的な対応を省庁に迫ったとしても、セキュリティ対策の向上という口実で、SEが派遣され、新たなIT費用がかかり、税金が垂れ流されていくのだ。
 省庁のセキュリティ対策は、省庁職員が実施する、もしくは民間IT業者から省庁に技術者を長期派遣または出向させ、公務員身分としてセキュリティ対策を実施する、といったようなことをしなければ、自律したセキュリティ対策はできないであろう。
 情報セキュリティ会議のメンバーは、IT業界の実態にあった提案をしてもらいたいものだ。
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by namuko06 | 2006-07-26 21:46 | 意見
「個人情報保護」ってわかっている?
今日の市役所での出来事である。私は、たまたまパンフレットをもらいに、立ち寄ったところだった。育児関係の市民講座に参加しようと、若い夫婦二人連れが担当窓口にあらわれた。
 「あの、すみません、○○講座に参加したいのですが。」
と、奥さんが窓口で言う。さっそく、担当者が対応を始めた。
 「えっーと、その講座は、申込者が多数ですので、抽選になります。来週初めに抽選を行いますので、ご氏名と、連絡先の電話番号を教えていただけますか。住所も記入していただければ、次回以降のの講座のご案内を送付させていただきます。」
と、手慣れた対応。
 そのとたん、夫の方が突然切れたように、
 「個人情報保護だ! 教える必要はない!」
と叫ぶ。担当者は驚いたまま、無言。奥さんの方は、
 「でも、参加したいから...」
と夫に言うのだが、まったく聞く耳を持たないようだ。
 「だめだ、個人情報保護だ!」
かわいそうに、夫の個人情報保護機能が強硬なために、奥さんは市民講座にも参加できない。このあと、夫婦連れは、窓口を礼も言わずに去ったが、担当者にしてみれば、ここで、市役所の個人情報保護制度などを丁寧に説明するチャンスだったのだが、切れた若い夫の態度にひるんでしまったのだろう。担当者も災難だった。
 なんでも、かんでも個人情報保護という名のもと、不自由な社会になったなぁ、と感じることも多いが、個人の基本情報と秘密にされなければならない情報の区別すらつかない人もいることに、あらためて気づかされた出来事だった。
 若い夫が切れて「個人情報保護!」と叫ぶ姿に、公的機関に対する信頼も薄らいでいるのかな、とも感じたのだった。
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by namuko06 | 2006-06-02 21:33 | 意見
夏祭り
d0053733_22202452.jpg 地元の夏祭りが催されて、街はいろんな人でごった返している。祭りといっても神社などを中心とした豊作への祈りを具現化したものではなく、集団で現代的な音楽に合わせてダンスパフォーマンスをするという類のものだ。最近では、他の街や県からもダンスチームが訪れるため、出場チームは膨大な数となり、2日間街は踊り一色となる。一応審査らしきものがあり、優劣をつけるのだが、きちんとみたこともないので、評価基準については知らないところが多い。
 一方、裏方は一般の団体から無給で駆り出されるのだが、このために土日をフイにしてしまう人も多いと聞く。市役所もサポートしているため職員も休日出勤し(もちろん残業代がつくのだろう)、対応している。
 この踊りパフォーマンスはこのイベントの主要なアクティビティであるのだが、出演するには有る程度の人数を確保し、数万円の出演料を支払い、ある程度のパフォーマンスをしなければならない。したがって、地域のお年寄りが気軽に盆踊りをするようには、参加することが出来ない。この夏祭りが始まった当初は知名度も低く、参加チームも少なかったため、地元の日本踊り倶楽部のようなサークルに声をかけて踊ってもらっていたらしいが、人気が上がってくると同時に、踊りたくても踊らせてもらえない状態に陥っている。この祭りの当初の目的は、自身の街にアイデンティティを感じられるようなものを持ちたいというのが、そうだったと思うのだが、それは忘れ去られ、単なる形骸化したイベントと成り果てている。そのためか、じっくりと観察してみると、出場チームのバックヤードでの態度や踊り終わった後のエチケットなどに多くの問題がある。パフォーマンス前の集合態度や、踊り終わった後の統率なども採点の対象にするというのも、よいかもしれない。しかし、形骸化してしまったこの祭りの主催者が、こういったことに気がつくはずもなく、意見を上げても採り上げることもなく、大きな問題が発生しない限りはなにもしないのだろう。ビジョンを失った組織は簡単に崩壊するように、もともと求心力のない、単なるエネルギーの発散の場でしかない、この夏祭りはいつかは衰退する運命なのだ。
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by namuko06 | 2005-08-06 22:53 | 意見
恥を知れ
 妻が子供をつれて国立科学博物館へ行った。恐竜博の特別展示は相変わらず人気が高く、平日というのに昼間から混雑していたらしい。ところが、それだけならば問題なかったのだが、観覧マナーがまったくない、注意しても文句を言う、といった輩が多かったので、妻はかなり頭にきていた。子供たちも、満足にみることができなかったようだが、マナーの悪さには閉口していた。
 さて、その輩とは、某女子大学の附属中学で多摩にある学校だ。妻も高校からではあるがその大学を出ており、問題の生徒たちは彼女の後輩にあたる。そのせいもあって、後輩たちの無礼な振る舞いに怒っているのだろう。
 生徒たちは、なんらかの用紙をもって4~5人のグループで恐竜博展示館内を回り、用紙に書かれていた問題のようなものに対して、展示物からヒントをもらって、回答を記入していたらしい。おそらく社会見学をしっかり見させようとする学校側の主旨だろう。一般的に、展示場では薄い紙にメモをとるような場所はない。したがって必然的に展示物を覆うガラスの上や、壁をつかって書くことになる。それでは他の観覧者が展示物を見ることができない。さらに一人が書き終わるまでグループの連中はその周りをはなれることはなく、数分もの間、展示物を占領することになっていたようだ。そして、そのさらに外周には展示物を見ようとさらに人垣ができてしまう、といった光景がいたるところであったそうだ。
 さて、連れてきている教師はというと、最前列で説明員の話に聞き入っていたり、生徒たちの様子をみて、流れをコントロールすするわけでもなく、自由に展示物を観覧していたらしい。妻は、そこで、直接後輩たちに「みんなのじゃまになっているから、書くときはどきなさい」といったそうだ。そうしたら、グループ全員に嫌な顔をされて、返事もなくその場から退いた。そして小さな声で「うるせぇよ、バ...」と言ったそうである。妻は思わず、その言った生徒の顔をみたのだが、目もあわせず、ふてくされていた態度だったという。妻は、怒り心頭し、会場の係員に、「観覧マナーの悪い人にはきちんと注意してください」と、くってかかったそうだ。
 恐竜博での出来事はこれぐらいだが、妻と子供たちにはさらに事件が待っていた。
 昼食を食べるときに、お弁当を売っているプレハブの休憩所へ行くと、大半のテーブルが遠足できていた保育園の子供たちの荷物で場所取りがしてあったそうだ。そのため、弁当をたべるところがなく、弁当販売の人にどうしたらよいか聞くと、「ずーっと場所取りしてあるので、荷物をよけて食べていいですよ」と言われたようだ。どうも弁当販売員は休憩所の管理を任されているわけではなく、場所取り行為に対して強く言えないらしい。当の保育園の子供たちはというと、妻達が弁当をなんとか食べ終えて、展示場へもどると、元気に遊んでいたらしい。
 これらの出来事を聞いて、最初の中学生の問題は、学校側に指導責任があるにもかかわらずそれを放置していること、生徒がマナー違反を犯していることを認識できない、といった教師に問題がある。だいたい指導も注意もできない人間を「師」呼ばわりすること自体問題かもしれないし、「先生」と敬称をつけることも憚られる。
 後半の場所取りの問題は、パブリックスペースを占有するという行為がモラル・ハザードであることに気づかない、保育士の倫理性が疑われる。ある程度の高等教育を受け、子供達を育て上げるために保育士という仕事があるにもかかわらず、このようなモラル・ハザードを起こすような保育士をかかえた保育園・幼稚園は、必ずや崩壊するだろう。弁当を食べる場所をキープしたいのならば、科学博物館と事前に連絡、調整すべきであろう。それすらできないというならば、一般社会常識さえない資格だけの保育士だ。
 大○女子大学の創始者の言葉は強烈だ。「恥を知れ」。自分の言動だけでなく心の動きにまで客観視して、自身の定規と照らし合わせて、それが恥ずかしいことかどうかを常に判断していく。恥だと思えば、修正していく。そういった前向きな人間を作り出すために、創始者は大学を作り理想の教育を展開してきた。今回の中学生は、中学生というまだ育成途中の人間だからこそ、指導者は、恥を知ることを教え、生徒は学び、倫理性を備えた人間になっていかなければならない。同大学は保育士を育てるコースもあるわけで、僕は妻の話を聞いて、問題の生徒が将来モラルのない保育士になるのではないかという、不安を感じた。
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by namuko06 | 2005-06-17 13:00 | 意見
橋梁事業談合事件
公共事業に対する民間大企業の談合事件は、後を絶つことなく、次々と行われている。今回の事件をマスコミから得られる情報で見る限り、民間同士の談合だけでなく、事業を委託する官側にもなんらかの倫理違反があったのではないか、と思われる節もある。
 官の話は後にして、逮捕者を出した企業において、一番問題なのは、これまで行ってきた橋梁工事業務の大半が違法的であり、その利益も違法に得られたものであるということを認識しているか?という点である。しかも税金である。また事件が発覚し企業信用が地に落ちたということは株主に対して著しい不利益を与えたことにもなる。
 まず、経営者は談合の状況をつぶさに漏れることなく内部調査しなければならない。そして、違法性の高い売り上げ、利益はどの程度かを正確に把握し、公表すべきである。なぜなら、このような長期間にわたる談合では、経営者がまったくあずかり知らないままでいることはない。定期的な公共工事の受注や利益確保というのが、談合することにより、利益確保リスクが最小になっていることは、会計上一目瞭然であろう。利益確保リスクが最小の事業を続ければ、その担当者は優秀な人間と認識され、社内での出世も簡単だろう。そして、重要な案件にさらに、タッチしていき、経営の一端を担う人物もいる(いた)だろう。
 そして、それぞれの企業の株主は、株主代表訴訟を起こし、司法の手によって経営責任を明確にすべきである。これを行わない株主は、株主としての責任を放棄しているとしか考えられない。問題の企業の株主は大半が関係する大企業であり、業務連携などが密に行われているため、株主代表訴訟などは、絶対行われない。資本関係を盾にして、より大株主(大企業)の意向が通りやすい、経営陣の人事が行われたり、問題の企業を吸収、再編するといったことになるだろう。そして、事件は忘れ去られるのだ。
 そして、橋梁工事を入札し決定した官側の部署、そのとき誰が担当していたのかという調査も公表すべきであろう。想像をたくましくするならば、同じ部署、同じ担当者が多く含まれていて、それらの人物は順調に出世しているだろう。なぜなら、談合の幹事へ落札予定価格を「神の声」と称して伝えるだけで、なんらかのバックマージンを手にすることもあっただろうし、そのほかの面での、厚遇もあっただろう。それらは、すべて「神の声」をささやく官側の担当者の懐を肥やすためにある。そして民間側も潤う、一石二鳥である。
 このようなストーリーは一般国民には見え見えなのだ。企業がコンプライアンス重視といっているのは、このように法律をまもらず、倫理を遵守しない仕事をしてしまう人間が多いこと、そして、甘い蜜を吸いたい役人が多いことに、起因しているのだ。
 先に述べたように、問題企業の株主たちがどのような行動にでるのか、でないのか、見物である。
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by namuko06 | 2005-05-28 12:18 | 意見
家庭訪問
今日は家庭訪問。子供の担任が家に来るというので、楽しみにしていたのだが、来た教師にびっくりした。
 まず、およそ1時間遅れでやってきたあげく、ざぶとんにどかっとすわって、挨拶。名乗りもしない。挙げ句の果てに、自分から積極的に話をリード出来ないのだ。こちらはどういう人間が教師をやっているのかと、観察モードに入っているから、コミュニケーションのリードはしないつもりでいた。相手もそのつもりなのか、暫し沈黙。やっと教師が口を開くと「お子さんは家ではどんな様子ですか?」。
 ありきたりの質問である。返す刀で、「学校では、どうですか?」と聞き返すと、「良いお子さんですよ」と、なんとまぁ意味不明な回答。
 いくつかの珍問答のあと、「うちの子は字が下手で...」と悩みを打ち明けるように言うと、「他のお子さんにはもっとひどい子がいますから...」と教師にあるまじき発言が飛び出す。自分の教え子の悪口を平気で漏らすこの教師はきっと、いろんなところで生徒の悪口を言っているに違いない。そういった行為が自分自身の教師という職を貶めているとも知らずに。
 それにしても、約20分ぐらいの会話だったが、対話のリードもせず、質問の回答も小学生レベル。こんな人間が教師をやっているのだから、あきれかえる。この教師の親類には教育委員会に席をおく人がいるために、学校で問題を起こしても、何度となくもみ消されているといううわさだ。教育委員会にいるその親戚の人物こそ、身内にこんな教師が居ては恥ずかしいだろうに。
 日本の子供達の学力低下が叫ばれているが、社会的知性のかけらもない教師に物事を教わる不幸のほうが、はるかに問題だ。
 今後の、この教師および学校への対応について深く考えさせられた家庭訪問だった。
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by namuko06 | 2005-05-18 19:04 | 意見
トップの座
一連の海老沢NHK元会長の辞任劇はいったいなんだったのだろう。会長を辞任した後、顧問に就こうとし、そして顧問就任を辞退するという、ここ数日の動きになにやらキナ臭い感じを持ったのは私だけではあるまい。
 海老沢氏辞任直後の、就任会見で橋本会長は海老沢氏を含む辞任組に手伝って貰うつもりはないと明言していたのに、いつのまにか、マスコミは「海老沢顧問就任」をすっぱ抜いた。もし、海老沢氏をはじめとする旧経営陣が顧問に居座るつもりでいたのだとしたら、いったい彼らは辞任した意味を完全に理解していないのだろう。いや、理解しているけれども白を切ろうとしているのかもしれない。これは海老沢氏の辞任会見で「NHKの様々な事件によって国民の皆さまの信頼を失ったことは...残念..」として辞任に踏み切ったことを言っている。普通の経営感覚で言えば、「信頼を失う」→「経営責任」→「責任をとって辞任」という説明になるのだが、海老沢氏の感覚では、「信頼を失う」→「NHK全体の責任」→「代表として辞任」といった進み方のようだ。これでは橋本派への1億円献金疑惑での橋本元首相の「私に責任がありますか?」発言と同じ感覚ではないだろうか?
 集団のリーダは、組織活動の内容を内外に説明し、健全に経営していく責任がある。これができているリーダは当然ながら成果に応じて高額な報酬を手にしてよいし、周知の名声を浴びても良いだろう。
 しかし、海老沢氏の発言をどうきいても、集団のリーダではなく、たんなるトップの座に居て、権力をふるっただけの人にしかみえない。階層型組織のリーダは時間が経つに連れて無能になっていく、という典型的な姿だ。
 ところで、海老沢氏の退職金はどうなるのか、「責任をとって辞任」ならば退職金は返納というのが武士道として美しいが、無能人ならばそんなことは考えも及ばないかも知れない。今後の海老沢氏の言動に注目だ。
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by namuko06 | 2005-01-30 12:37 | 意見
長崎
お盆に長崎に帰郷するため、観光地図を買った。ここ数年で市内の都市開発が進み、風貌が変わりつつあるらしい。さだまさしの小説やそれをベースとした映画やドラマが出たため、結構観光客が増えているようだ。景気も復調傾向にあるのかもしれない。ところで長崎市内だが、市民念願の高速道路の開通と、長崎湾をまたぐ女神大橋の建設、と土木建設景気にもわいているようだ。でも税金だろ? 基幹産業の三菱重工も下火になりつつあり、市の財政負担は増える一方とも聞く。またなぜか、老人人口が増加し(坂道、階段ばかりの町になぜ?)、福祉関係費用の増加も著しい。一時期のサンフランシスコ市にも似た状態と言える。この先どうなるのか? 市長の手腕が期待される。
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by namuko06 | 2004-06-27 10:12 | 意見
謝罪の仕方
群馬のとある国民宿舎に泊まった。山間の閑静な場所にあり、料理も宿も、従業員もとてもよかった。しかし残念なことに、どこかの学校の先生グループのめちゃくちゃぶりに、怒髪天を衝く状態に陥ってしまった。まず、カラオケ。決まりでは22時までなのだが、延々と0時近くまで歌いまくっていた。まぁ、これは私の部屋には漏れ聞こえる程度なので、我慢していた。しかし、カラオケが終わると、廊下で大声で話したり、部屋を行き交う騒々しさ。さらに、一つの部屋に集まり、宴会が開始。窓を開けて、大声で話し、笑うその騒音に絶えきれず、「いいかげんにしろぃ!」と怒鳴り込んでしまった。
 先生グループの対応は、ニヤニヤ笑いながら「すみませ~ん」。大半が50歳代である。私は、いちばん年嵩のある人物をにらんで「迷惑している!」と言うが、同じようににやついたまま「すみません~ん」。手に持ったビールを手放そうとしないし、ましてや立ち上がって頭を下げるつもりもないらしい。この状態で、私はふと居合いの間を感じた。すなわち、これが剣による斬り合いならば、一刀で、かれらに浴びせることが出来ると感じたのである。しかし、彼らにはその間も、周囲への迷惑もお構いなしらしい。私はなぜか「勝った」と思って、「よく考えなさい!社会人として」と諭すように言うと、その部屋を後にした。
 しかし、自分より明らかに年下の人間にしかられるなんて、思っても見なかったでしょうが、一番情けないのは60歳に近いと思われる老先生だ。瞬時に状況を判断して、謝罪できないなんて、部下から見れば最低だな。翌朝の食事では中央に座り偉そうにしていたが、見かけ倒しであることは、皆に見抜かれたのか、会話も発してはいなかった。
 私のような若造がまだまだ意見するつもりもないし、いまだに周囲に迷惑をかけて生きているが、感謝と謝罪はいつでもできると思う。また、そのような姿勢は小さいときから植え付けられたと思う。「礼にはじまり、礼におわる」という武道の精神はどのような場面でも活きていると改めて感じた、旅行だった。
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by namuko06 | 2004-06-06 09:49 | 意見
佐世保の事件
 小学生女児の殺傷事件で、チャットや掲示板の書き込みが一挙にクローズアップされている。一部のTVでは、チャットの書き込みに対してコミュニケーション能力が低い女児が過剰反応したと切り捨てているものもある。僕自身は10歳代の女の子という、脳や精神発達上のかなり不安定な状態も今回の事件は起因していると思う。好きな友達を自分と一体であると感じて、姉妹のように仲が良くなったり、好きな友達が他の友達と遊んでいると嫉妬を感じたり、自分のアイデンティティに興味を抱き、自己愛が目覚めたり、逆に嫌いな物には排除したくなるというぐらい強く思いこんでしまうのも、この時期である。しかもこのような状態がいろいろな場面で心の中に揺れ動いているのが、この時期の女児の特徴だろう。
 そのような状態の子どもが、チャットやメールでは文字を読むことで相手の伝えたい内容を理解する論理性の高いコミュニケーションにふれると、論理よりも感情面が全面にでて内容を判断してしまう。すなわち話し言葉のエモーショナルな部分を抜き去った状態でコミュニケートすることになり、受信側は、伝わってくる言葉(文面)に感情の喪失感を抱きつつ理解しようとし、ネガティブなイメージにしか捉えることが出来ない。普通の大人でさえ、チャットやメールでのコミュニケーションがうまくいかないのに、感情のコントロールができない10代の子どもができるはずもない。
 しかし、一方チャットや携帯電話のメールで、友達とのコミュニケーションを円滑に運んでいる子ども達も多いのである。最近のコミュニケーション研究の実例では、若い高校生達のコミュニケーションの方が、大人より論理性が高いという報告もある。
 今回の事件を、「インターネット=チャット・メール=孤独=犯罪」といった図式で説明しようとするマスコミには退場して貰って、子ども達の内面をもっと追求して、同世代の子どもを持つ親へ、知見をフィードバックして貰いたいものだ。養老先生の登場か?はたまた香山リカか?
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by namuko06 | 2004-06-02 09:34 | 意見