ふと思いついたこと
by namuko06
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30
<   2005年 11月 ( 7 )   > この月の画像一覧
藪の中 その2

小島屋手代の白状

 私は小島屋の手代秀次でございます。お奉行様に、なにもかもお話ししたいことがございまして、夜分に藤七親分に相談したのでございます。
 はい、わかりました。早速洗いざらいお話しさせていただきます。
 まず、図面引きの森蔵ですが、あいつが死んだのは大川の橋から落ちたからでございます。いえ、いえ決して私が突き落としたわけではございません。確かにあいつと私は言い争っておりましたが、あいつが私の首を絞めてきたので、その腕を振り払ったそのとき、橋の欄干を越えて、落っこちてしまったのです。私はびっくりして、橋の上から下を眺めていたんですが、何しろ木戸も開いたか開かない時間でして、薄暗く、とくに橋の下は真っ暗でなにも見えやしませんでした。そこで流れをみて、川岸からあいつをさがしていたら、ぷかりと浮かんでこっちにやってくるではないですか。私はほっとしました。助かって泳いできているんだとばっかり思っていたのに、岸に流れ着いてみたら、死んでいたんです。
 え、見た奴がいるんですか。そうですか。私は腕を振り払ったつもりだったんですが、突き落としたようにも見えたんでしょうね。そうですか。
 それじゃぁ、何もかも話してしまいましょう。
 森蔵と言い争っていたのは、中之島の長屋の件です。小島屋が建てた中之島の長屋は、ひどい建物でして、いつ住んでる連中が押しつぶされてもふしぎじゃありません。それを作れと言ったうちの旦那にしたがって、森蔵は図面を引いたんです。当然この図面は火消奉行の酒井様もご存じです。この長屋のある場所ですが、この九年で三回も火事がおきて全焼しています。そのたびに、地面割りと称して、延焼除けの往来や水場が作り直され、いつのまにか中之島の地面を所有していた旦那集の中で、小島屋が一番広い場所を占めるようになりました。それに、この長屋の近くには、河岸桟橋もあり、お武家様方の船倉も多く、なにかと生活しやすい場所でございます。したがって、長屋はいつも人が溢れるように住んでいましたし、事故で働けなくなった人足は、私どもがさっさと他の場所に引っ越しさせてしまいますから、長屋からあがる毎月の店賃は結構なもうけになりました。それに三年に一度起きる火事で長屋が焼ければ、立て直してきれいにしますから、以前の家賃より少し上乗せして貸し出します。とはいうものの、他に比べて安いですから、また借り手が満杯になります。お奉行様はご存じないかと思いますが、借り手が多いときは、くじをひいてきめることがありますが、これにはからくりがありまして、くじをあてるのは、いちばん家賃を高く払える者と決まっておりました。実は裏ですでに家賃の上乗せができる借り手を見つけているのです。まぁ、あれやこれやと手や品を代えて、店子から家賃を不正にふんだくっていたわけです。ですから、イの一番に借りた者以外は、世間で言われている家賃の2〜3割は高い家賃を払っていたんではないでしょうか?そんなからくりをバラした日には、河岸の魚の餌になっちまいますからね、誰もいえないように、店子同士見張っていたようですよ。仲のいいふりしてね。
 長屋の方はというと、これは春木屋と大工の村吉親分が組んで、建てたんです。森蔵がお奉行に提出する図面と、建前するための図面の二つを用意して、火消奉行の酒井様には、きちんとした図面を小島屋が大福餅といっしょに持って行きます。大福餅ですかい、そりゃ、金ですよ。金。酒井様が小島屋をひいきするのはこの金のためなんですよ。
 え、なぜ森蔵が大家をしていたのかって。そりゃあ、私にはわかりませんが、森蔵がおかしくなったのは、先の地震からです。あたしは通い手代ですから、あとで聞いた話ですが、あの夜、地震が収まった頃、真っ青な顔をして、森蔵が小島屋に来たそうです。脇戸をあけて店の中に入れたとたん、ぶつぶつ言い出したようですが、気が触れちまったようだと、番頭さんも言ってました。
 森蔵が旦那様と何を話したか知りませんが、その夜遅くに私も小島屋にくるように呼ばれまして、旦那様の部屋に行くと、暗い顔をした森蔵と春木屋の旦那、村吉親分がそろってました。私が座ると、森蔵が私の顔を見て言うんです。もう俺には耐えられない、って。私はすぐにわかりました。森蔵が家でもない家をつくるのにはなっからいやがっていたのを知っていましたから。どうしてかって、そりゃぁ、私と森蔵は同じ下谷育ちで親知らずで育ちました。5歳になるかならないかのころ、森蔵は村吉親分の家に引き取られていき、私は小島屋の先代が始めた河岸桟橋の人足貸しの店で丁稚として引き取られました。小島屋の先代には大変お世話になりましたし、今の小島屋の旦那にも大変ご恩があります。それから数年がたち人足貸しの仕事も有る程度こなせるようになったとき、あるお屋敷の建前のときに、森蔵と再会しまして、二人で抱き合って喜んだんです。それいらい、仕事だけでなく、お互いに飲んだり、遊んだり、兄弟のようにつきあってきたんです。だから、あいつの苦しみはよくわかりました。
 森蔵の、耐えられない、って言葉を聞いたとき、私は、旦那様に初めて意見を言いました。中之島の長屋を建て直しましょうって。でも、旦那様は苦い顔をなさって、まだだめだ。まさかこんなときに地震が来るなんて。まだ、もつんだ。とおっしゃいました。森蔵は、それを遮るように、もうだめだ、すぐにでもくずれる、人が死ぬっ、って叫ぶと急に立ち上がったんです。座敷にいたみんなはびっくりしたんですが、村吉親分が森蔵落ち着け、ってなだめてもう一度座らせなして、さて、どうしましょうか、って春木屋の旦那様をにらみつけていました。すると、春木屋の旦那が、森蔵は地震でびっくりして疲れたんだろう、とおっしゃって、小島屋さん、どうでしょう森蔵を少し休ませちゃ、とおっしゃるんです。私はびっくりしました、いつもは鬼のように仕事に厳しい春木屋の旦那様が優しい言葉をかけるなんてと思いましたが、それは大きな間違いだとあとで気がつきました。小島屋の旦那様も笑って、そうですね、休ませましょうとおっしゃって、この集まりはお開きになりました。旦那様が春木屋の旦那様たちをお見送りに出た後、座敷には私と、森蔵が残されました。森蔵はにこりともせず、暗い顔でうつむいておりました。私は、森蔵をなぐさめようと、休めることになって良かったな、と言ったんですが、森蔵は暗い顔をさらに暗くして、にっと笑いました。私はぞっとしましたが、ああ、俺はせいせいしたよ、これで何も考えなくてすむんだからな、ってあいつは言ったんです。なぜか私まで暗くなってしまいました、しばらく黙っていましたら、小島屋の旦那様が戻っていらして、森蔵の方をぽんと叩いて、明るい声で、よかったな、お前、ゆっくり休みなよ、とおっしゃたんで、私もほっとしたんです。でもその後、旦那様が私の方をみて手招きして、座敷を出ました。ちょうど廊下の突き当たりの暗がりまで来たとき、旦那様がそっと私の耳元でささやいたんです。森蔵を眠らせろ、って。私は意味がわからず、どういうことですか、って聞いたんです。すると、旦那様は懐からすっと小判を3枚お出しになって、私の手に握らせたんです。意味はわかっているだろ、お前が手を出すはないよ、っておっしゃったかとおもうと、すっと暗がりの廊下を渡って寝所のほうに行きなすったんです。私はしばらく、真っ暗な中で小判を握りしめていました。
 はい、いえいえ、それは違います。私が森蔵を突き落としたんじゃありません。あれは本当に事故なんです。お奉行様、信じてください。小島屋の旦那様に言われたからって、森蔵を私は殺せません。もらった金を渡して、江戸から逃がそうと思ったんです。それで二人で夜が明けて木戸が開くのを待ってから、小島屋から出て大川の橋で森蔵を逃がす話をしていたんです。でも森蔵は言うことを聞きません。どこにいったって、俺は殺されるんだと、思いこんでしまって。だから私は、小判を見せて小島屋の旦那様から路銀を頂いたんだって、言って信じさせようとしたんです。そしたら森蔵は、急に私を睨み付けて、その金で俺を殺そうって算段か、なんて言って、私の首を絞めにかかったんです。だから、だから、わ、わたしは、その森蔵の腕をふりほどこうとして、腕を突き上げたんです、そ、そのとたん、森蔵は、...。
 は、はい、大丈夫です。ただ、落ちていくとき、森蔵は、覚えてろっ、次はお前だぞって、叫んだんです。その声を思い出すと、ぞっとして、今でもふるえが止まなないんです。次はお前だっていうことは、私が旦那様に森蔵を殺すように言われたように、旦那様が誰かに私を殺させるのかと、思うと今でも恐ろしくって。だから、藤七親分にお願いして、こうやってお奉行様にお話ししているんです。本当です、私が、森蔵を殺したんじゃありません。本当なんです。森蔵、許しておくれ、森蔵...。

浅草観音に来れる小島屋の懺悔

 観音様、どうぞ私をお助けくださいまし。手代の秀次がどこかへ行ってしまいましたし、頼りの青野様や酒井様のお屋敷はなんだか物々しく、昨夜から、かがり火がたかれ、御門は打ち止めされて、封じ込められてしまったようです。春木屋も森蔵がおかしくなったのを目にして、お上に全部お話しするなんて言い出す始末ですし。大工の村吉にも逢いに行きましたが、這々の体で追い返されてしまいました。そのときに気がついたんですが、岡っ引きが私のことを付けてきているようで、まだお奉行様は私のことを疑っているんでしょうか。
 観音様、どうか、私を助けてください。森蔵を殺せとは秀次には私は言っていませんよ。あの金で森蔵をどこか遠くにやって欲しいと思っただけで、殺そうと考えた秀次は、本当に浅はかだったんです。私の気も知らないで。でも、正直言って森蔵が死んでくれたら、とちらっと思ったのは本当です。ですから、観音様、どうぞご勘弁ください。私は、ちょっと魔が差しただけなんです。でも、私が森蔵を殺したんじゃありませんから。私の手は汚れてはいないんです。
 え、あ、びっくりさせないでくださいまし。誰だろうね、観音様の鳩を追い払うなんて。おかげで、せっかく灯した蝋燭が消えちまったじゃないか。
 あちっ、やけどしてしまったよ。まったく災難だね。あ、点いた、点いた。
 ですから、観音様、どうか私を助けてくださいまし。もとはというと酒井様が、ご禁制の品を運び入れるために船倉を使うと言いだしたのが始まりだったんですよ。私が、南蛮の酒を密かに持っているのをみつけて、脅しをかけてきたんですから。中之島の地面だって、酒井様の好きなように区割りをなさって、そりゃあ、仲間内を納めるのに苦労したんですから。金もずいぶん使いましたし。私はひとつも得なんてしてないんですよ。金は入ってもすぐよそのところへ流れていって、酒井様や、青野様の懐に収まっていったんですから。
 観音様、どうぞ私をお助けください。お願いします。小島屋の台所は今や火の車。いつからこうなってしまたんでしょう。ああ、このままでは先代に顔向けできません。三年ごとに中之島が火事で燃えてしまえば、うまくいくと思いついたのは、ちょうど十年ほど前でした。あのときは、焼け野原の中之島で呆然としていましたっけ。そこに、酒井様がおいでになり、お武家様の船倉も焼けてしまったので、町並みと合わせてご改築になる、したがって中之島の地面も区分けし直すとおっしゃいました。私たち、土地所有者ははあわてました。自分たちの地面がお上に取り上げられてしまうと、必死になって酒井様にお願いに上がったんです。それで、ちょうど青野様への貸し付けも百両近くになり、青野様になんとか酒井様におとりなしくださるようお願いしたら、百両の借金を棒引きにすると言う条件で、酒井様へ引き合わせてくださる算段がついたんです。合うだけで百両とは高い買い物かとも思いましたが、酒井様にお会いして、あの話をきいて、百両では安いぐらいだと思ったんです。あ、だけど観音様、せっかく手に入れた金はほとんどすべて、青野様と酒井様へ吸い上げられてしまいました。だから観音様、私をお助けください。
 もう、中之島の長屋も長いことはないでしょう。あれがつぶれてしまえば、私はお仕舞いです。人足達を集める手だてであるとともに、ちょっとした小銭を稼げる一石二鳥でしたのに。ああ、もうだめです。
 それにしても、憎らしいのは酒井様だ。どうか観音様、酒井様に天罰をお与えくださいまし。あいつがいなけりゃ、万事うまくいっていたんだ。ちくしょう、くやしいったらありゃしない、こうなりゃやけだ、どうとでもなってしまえっ。こんな蝋燭立てなんかひっくりかえってしまえ。
 あれ、なにするんだい、あんたらいったい誰なんだ。やめておくれよ、私は、小島屋の主人だよ。火付けなんかしてないよ、やめておくれよ。ちょっと足が滑っただけなんだから。違うって言ってるじゃないか、私は、観音様にお参りに来ただけなんだから。離しておくれよ。だから火付けなんかしてないって。助けてー。観音様、助けてください。お願いします。助けてください。ひー...。

口寄せの口を借りたる森蔵の死霊の物語

 おいらはいったい、どこにいるんだ。目の前が真っ暗で、妙に寒いや。ああ、寒い。誰だい、おいらの名前を呼ぶのは。ああ、まだ暗いよ。寒くて体が震えてしょうがない。誰だい、またおいらの名前を呼ぶ奴がいる。ああ、きっと秀次だな。ちきしょー、あいつにはだまされた。小島屋を出た後で、小島屋の旦那がおれを草津の温泉にでも養生につれていけって言っただと。そんな話はねぇだろうよ。頭領には、小島屋はケチで冷たい野郎だから気をつけろって、さんざん言われていたんだ。春木屋も同じ狸でさあ。あいつらが、休ませた上に、路銀まで出すわけがねえ。きっとおいらを殺せと言う話だったんだろうよ。きっと秀次は殺しの金を見せ金においらを信じ込ませて、大木戸を出たとたんに殺そうという算段だったんだろう。だまされるところだったが、ぎゃくに大川に突き落とされちまったみたいだ。寒いのはそのせいかね。暗いのも川底にたたき込まれたせいかね。ああ、寒い。でも秀次が俺の名前なんか呼ぶわけねえな。じゃぁいったい誰なんだい。聞こえねえなぁ。まあいいや。誰かがおいらの話を聞きたいって訳なんだな。そいじゃあ、話してやろうじゃないか。
 はじめに、この話を言い出したのは春木屋の旦那だ。材木の量を減らして家を建てられないかって。ちょうど青野という名前の武家屋敷の修理で大量の檜や杉が必要になったんだ。でも青野とやらは金がねぇ。だけど春木屋は脅かされているのか、どうしても家の修理はしなくちゃならない。だから、少しでも損をしないように使う材料を減らしたかったんだ。おいらは大工の腕は、まぁ、一人前とはいえねえが、そういった工夫や算盤はちゃっちゃとできるんだ。だから、中抜きをしようとすぐにひらめいた。柱や梁の中身を抜いてしまうんだ。たたけば中は空洞だから太鼓のような音がするんだが、青野というお武家は、素人で馬鹿なのか、おいらがこういった低く響く音は銘木なんです、って言っただけで信じちまった。ここで使ったのは、雪隠と風呂場の壁と屋根の修理だったから、特段、強い材木が必要じゃないんだ。どちみち水場だから数年後にはまた修理をしなくちゃなんないから、数年の間、持てば良いんだと思っていたんだ。
 だけど、次の酒井というお屋敷ではさらに、すごいことになった。床柱の中を抜いて、そこに金の延べ棒を隠すと言うんだから、こりゃあ、やばいと思ったよ。金の延べ棒なんて、幕府のお偉方でも目にすることは出来ないのに、なんで酒井というお武家が持ってんのか。不思議だと思ったよ。よくよく話をきいてみりゃ小島屋がかんでるのがわかったんだ。柱の中を抜いて金の延べ棒をしまうときに、なんと秀次がそいつを持ってきたんだ。秀次もこんな悪事に荷担するのは初めてだったみたいで、がたがた震えていたっけ。床柱の次は、壁だ。壁も二重の壁になって、その隙間に金の延べ板がびっしりつめこんである。だから、壁を支える床板や、柱も撓んで補強するのが大変だったよ。結局春木屋が持ち出した材木は普段の倍以上だ。ひでえ大損だったよ。こっちにもとばっちりがきて、駄賃もけちられて、頭領もしばらくカンカンだった。あんまり頭に来たんで、かわら版屋にでもしゃべっちまおうか、とも思ったけどよ。ばれちまったら首が飛ぶのはこっちも同じだから、やめちまった。でも小島屋はもうけたんだ。秀次に聞いたところじゃ、去年火事で丸焼けになった中之島の地面の区分けをひろげて、お武家の船倉の立て直しや、河岸桟橋の統括の引き受けなんかで、事業が広がっていったんだそうだ。
 そんな話を聞いたときに、頭領から、その中之島の長屋の話を聞いたんだ。今まで以上に柱や梁の量を減らした長屋を作るというので、おいらは知恵をしぼったよ。事前に壁をつくって四面からせいので、いっぺんに引き上げれば、少ない柱でも家は建つとね。しかも長屋だ、形はほぼ同じだし、込み入った形はないから、仕事も楽だろうと思った。だけど、さきに壁を作って引き上げるといっても、そりゃあ重いんだ。重いから下から打ち付けていくのだからね。それでさらに工夫するのは、中抜けのやり方を長屋にも使ったのさ。壁板は間引く。柱も細くする。こういった工夫を重ねて、やっとこさ中之島の長屋はできたんだ。でも出来てみると不安になったよ。こんな家で大丈夫なのかって。強い風が吹けば倒れるんじゃないかって気が気じゃなかった。だから小島屋に頼んで大家になったんだよ。家が倒れてけが人が出たんじゃ、お天道様に顔向けてあるけねぇじゃないか。だからいつも住人のそばにいて、手当てができるように、って思っていたんだ。
 ある時、秀次にこんな長屋長くはもたねぇよ、ってこぼしたら、大丈夫って言われたんだ。不思議に思ったから、理由を尋ねたら、三年後には中の島全体がまたきれいに無くなっちまうから、また建てればいいんだよ、なんてよくわからねえことを言う。なんだいそりゃ、ってことになって、よくよく話を聞くと、十年も前から、時々中之島が焼けてしまうのは、火付けだって言うじゃないか。それも小島屋の旦那が自分で火をつけて、いるって。それで、その後に酒井のお武家が登場して、あいつは火消奉行だから、火消しの都合で、町の区割りを勝手にかえて、小島屋の都合の良いように割り振るんだ。ひでえ話だよまったく。
 そんな話を聞いた日の夜だった。あの地震が起きたんだ。おいらは飛び起きて、家から出て長屋を眺めていたんだ。地面の揺れはたいしたことはないんだが、家の揺れはひどかった。おいらの作った家が、きしみながら、まるでいやいやをする子供のように揺れながら悲鳴を上げているんだ。恐ろしかったよ、住人があまりの揺れで全員が死んでしまったのかとも、思った。居ても立ってもいられなかった。気がついたら真っ暗の中小島屋の締戸を叩いていた。番頭さんに抱きかかえられながら、中に入ったのは覚えているが、そのあとのことは忘れちまった。ただ一つ覚えているのは小島屋の旦那が出てきたときに、おいらはあいつを殺そうと思ったことだ、きっと飛びついたかなんかしたんだろう、首や腕がもげるほど、ひねり上げられたよ。
 それから、気がついたらこの真っ暗な中だ。ああ、こんな話をしたせいかね。だいぶ体が温まってきたけど、まだ寒いね。いったいここはどこなんだろう。おや、またおいらを呼ぶ声がするよ。誰だい。おいらを呼ぶのは。
 ここが地獄の入り口なのかね。おや、ちょっと目が見えてきたよ。不思議だねぇ。藪の中にいるようだ。あ、痛てて。体に藪が絡みついてきた。おや、あそこを歩いているのは、小島屋の旦那じゃないか。春木屋の旦那もいるよ。あれ、頭領も連れそろって歩いているよ。でも不思議だねあいつらの、首が体の後からついて行っているよ。変な格好だね、おっと、あそこで鬼に腕をもがれているのは、青野とかいうお武家じゃないか。腹から下はもうなくなっちまって、痛そうな顔をしているよ。ひどいねまったく。そこで、頭を割られているのは酒井様だ。こっちはもっとひどいや。割られた頭に、蛆を詰め込まれて、入りきった蛆が体中から這いだしてきているよ。気色悪いねぇ。おいらも地獄で裁きを受けるんだね。秀次は来てないね。後から来るのかな。ああ、また藪が深くなってきた。い、痛てて。体がしびれてきたみたいだ。また暗がりに入っていく、そろそろ閻魔さんに首を落とされるのかね。生きているときにもう少し、観音様にお祈りしておくんだった。もう遅いけどね。ああ、また誰かがおいらの名前を呼んでいるよ。わかったよ、そっちに行くから、待っててくれよ。誰だかしらねえが、おいらの話を聞いてくれてありがとよ。ちょっとは気が晴れたぜ。
 そうか、あの長屋の連中は、小石川当たりの長屋に移ったんだね。そりゃよかった。あの辺はこれから人のためになる施設が出来るんだろ。人足が必要だもんな。いいなぁ、そんな施設の図面を引きたかったな。ああ、また名前を呼ばれたよ。もう行かなくっちゃな。秀次よ、生きて居るんだったらまっとうに、生きろよ。あいつにだまされたと今まで思っていたが、そりゃあおいらの間違いだな。やっとわかったよ。秀次、悪かったな。そいじゃ、行くぜ。い、痛てて。藪が深くて前へ進めねぇじゃないか。わかったよ、おいらはここにいるって。ああ、また暗くなってきたよ。
(了)
-----------
芥川龍之介の「藪の中」風に、時代設定を江戸時代にして書いてみました。今起きている事件とは全く違う物語ですが、こんなひどい話は昔から合ったのかも知れません。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-29 22:42 | ニュース
藪の中 その1
Excite News:<耐震偽造>

藪の中

町奉行に問われたる大工頭領村吉の物語

 さようでございます。あの中之島長屋を建てたのは、たしかに私どもでございます。ただ、あすこは小島屋さんの地面でして、河岸や日本橋で働く物にとっては何とも都合のよいところですから旦那様からは、住みたい店子も沢山いるだろうから、建てるのに2ヶ月や3ヶ月もかけちゃいられないよ、1ヶ月以内にと念を押されていやした。
 そこで私どもは図面引きの森蔵に相談しまして、今までの建て方を変えてみたんです。いっぺんに柱や板壁を建て上げるために、柱を細くし、板壁も薄くしまして、大工や人足の負担を軽くしましたところ、なんと1ヶ月で長屋ができてしまいました。これには、大工も人足達も大喜びだったんです。小島屋さんから、前金で頂いた駄賃は2ヶ月分ですが、仕事は1ヶ月で済みましたから、あとは遊んで暮らせるはずだったんです。
 それに、柱や板の材料も少なくて住みましたから、材料費も少ないのですから、私のところのもうけも十二分に出るはずだったんです。
 え、はずだったというのはどういうことか、ですか。そこんとこは、なかなか申し上げにくいのですが、私どもの工夫を見抜いた小島屋の旦那様は駄賃を半分返せと言ってきました。柱や板が薄くなったんだから、使っている釘の太さも細くなったはずだ、それじゃお江戸の地面をときどき揺らしているなまずが、おお跳ねしたときにゃ、長屋もろとも店子もつぶれてしまうかもしれないじゃないか。建てた長屋は火消奉行の方々にお見せしなきゃならないんだ、そのときのご接待に使うから、とかなんとかおっしゃったんで、今後の仕事のこともありやすから、半金を旦那様にお返ししました。そうしやすと、旦那様が急に、優しい声色になって、お前が建てた長屋のことは他では喋っちゃいけないよ、つぎの長屋もお前さんに任せるから、同じようにやっておくれよ。そのときは、きっと今まで以上の駄賃でお願いするからね。とおっしゃってくださったんで、私としては仕事さえあれば御の字ですので。え、火消奉行様のことですか。それについては、私どもはよくわかりやせん。中之島のあとは大師さんの方の長屋の建て増しに出払ってしまいましたから、あとは小島屋さんでなんとかなすったんではないでしょうか。
 お奉行様、おかげさまで私ども仕事が江戸中に広まってしまい、干上がってしまいましたんで、抱えの大工や人足達も食って行かれないってんで、出て行ってしまいました。いったい、これからどうやって生きていけばよいのか、かかぁも今朝方娘を連れて出て行きやした。そんなに悪いことをあっしはしたんでしょうか?
 もし、地震で長屋が壊れて店子が死んだらどんな気持ちか、ですって。たしかに、自分が建てた家で他人様が死ぬなんざ、大工としてはやっちゃいけないことかもしれませんが、小島屋さんに仕事をもらわなければ、あっしの家族や、大工、人足、そいつらの家族ものたれ死ぬしかなかったんですよ。小島屋さんにはいまでも感謝しているんです。とりあえず仕事があったときは食って行けましたし、少々の贅沢も出来ましたから。
 ええ、も、森蔵が、死んだんですかっ。えっ、大川の川岸で、はぁ、今朝方、小島屋の手代が見つけたと、はぁ、そうですか。
 何で死んじまったんでしょうかねぇ。

町奉行に問われたる材木問屋春木屋の物語

 はい、私は村吉親分とは懇意にしている材木問屋春木屋惣兵衛でございます。村吉親分は大変苦労して頭領にまで出世なさった、江戸中さがしてもあそこまで努力した大工はなかろうか、というほどの見上げた大工だと手前は感心していたんですよ。ちょうど私と年も近く、親分が大工の見習いに入った頃、私も自分の家業を継ぐために丁稚見習いを始めた頃でして、それからのつきあいなんです。
 はい、そうですか、新しい長屋の建て方をねぇ、それはうすうす気がついていましたよ。何しろ、昨年から村吉親分が仕入れる材木の量は、はじめは、ずいぶんと減った注文でしたから、こちらとの商いを控えているのか、なんて勘ぐったりしたこともあります。でも、今年はじめあたりから全体の注文量は増えていったんですよ。ですからね、ははぁ、なにか工夫をしたな、とは思っていたんですが、ここで問屋仲間にでもしゃべっちゃぁ、村吉親分の損になるかと思いましてね。そう、問屋から他の大工連中に知れるとやっかいですから。黙っていたんです。まさかそれが、仇になるとは私も青天の霹靂とやらで、びっくりしております。
 え、材木は何を使っていたか、ですか。えーっと、それは簡単にはご説明しにくいんでございますが。ひっ、わかりました。黙っていては村吉と同罪にされては叶いませんので、お話いたします。
 最初の頃は、硬い杉の1本柱を半分の細さにして使っていたようです。ええ、手前どもで加工して、村吉に引き渡しておりました。材木の柱を半分にして使うとなれば、雪隠、茶室や床の間といった細かな割部屋に使うのかとも思いまして、家を支えるというよりは、一部の吹き出した屋根を支える程度だろうなんて、思っておりました。そのうちに、重いと村吉が言うので、柔らかい松を使い始めました。それもさらに半分にして納めたこともあります。竹は壁一面に張り巡らせることで、柱以上に家の強さを増すことが出来るんですが、これも笹や荒縄に変えていきました。
 え、そんなお奉行様、私が村吉とぐるになって、家とも呼べないような家を建てるわけがあるわけなんてございませんよ。納めた材木をどこにどうやって使うのか、村吉は一言も教えてくれなかったんですから。もし知っていたら、やめるように言ったでしょうよ。観音様に誓いまして、私は、嘘偽りを申してはおりません。村吉が何をやっていたのか、知りませんでした。これ以上私をお疑いになるのでしたら、寺社奉行の酒井様に私の普段の仕事ぶりをお尋ねくださいまし。
 え、森蔵ですか。いえ、そんな者は知りませんが。はぁ、小島屋の手代がねぇ。村吉が建てた長屋と何か関係があるんですか。それとも、その森蔵を殺したのが私だと。ばかいっちゃこまりますよ。どこの馬の骨かもわからない奴を私が殺したりするわけないじゃないですか。だいたい、なんのためにお奉行様によばれたのかも、つい先まで知らなかったんですから。もう、よろしゅうございますか。お調べはお済みになりましたか。はい、それでは失礼いたします。


町奉行に問われたる小島屋の物語

 このたびは、なにやら村吉が建てたうちの長屋の件で、お奉行様のお手を煩わせてしまいまして、申し訳ございません。はい、私が小島屋の主人信太郎でございます。しかし、なんで町奉行様が大工の仕事の件でお出ましになったのか、少々わかりませんが、はっ、はい、わかりました。七代続いた小島屋でございます、なんなりとご吟味くださいませ。
 村吉に中之島の長屋を建てるように依頼したのは、確かに私でございます。ええ、たまたま昨年の火事でもともと建っていた長屋が全焼しまして、空き地になっていましたので、あすこはなかなか便の良い場所ですから、良い店子もたくさんあつまりますので、きれいな長屋が建てば良いなと思いまして。
 村吉になぜ依頼したのか、ですか。それは春木屋の大旦那からの紹介です。もともとうちは弁天島の光吉親分にいつもは頼んでいたのですが、仕事は遅いは、材料費は高くつき、自然とできあがった長屋の店賃も高くなるので、店子が集まらない、店子が入っても、この不景気で家賃を払えない、といった悪循環になってしまいがちでして、見切りをつけたいと思っていたところに、ある集まりで春木屋さんから、村吉親分を紹介されたわけです。
 え、ある集まりとはなにか、ですか。それはちょっと、思い出せないのですが、確か、昨年の火事を教訓に中之島の区分けについて火消奉行様からお話のあった帰り道に、ちょっと顔なじみの春木屋さんと一杯やろうということになりまして、その席に村吉親分がいたという訳です。ええ、村吉親分の噂はかねがね聞いておりましたから、一度仕事を頼みたいと思っていましたから、渡りに船というところでした。
 とはいうものの、村吉親分の仕事はきっちりしていると思っていたんですが、まさかあんなぺらぺらの長屋を建てられたんじゃぁ、小島屋ののれんが廃ります。確かに仕事は速かったので、こちらは大助かりでした。
 えっ、そんな、そんなことはございません。私が、村吉に1ヶ月で中之島の長屋を建てるように、命じたなんて、そんなことは決してございません。ましてや、材木を減らして建てろなんて、言うわけがございません。店子の生命、財産を守ることが小島屋信太郎の信条でございます。そんな私が、吹けば飛ぶような家を建てろ、なんて言うわけがございません。観音様に誓って嘘は申しておりません。
 建前料を半金取り戻したと村吉は言っているのですか。それはあたりまえでございましょう。仕事が速く終われば終わっただけ大工、人足の駄賃は不要。返していただくのが筋だと思いますが。
 はぁ、その金を火消奉行に渡したのではないかと、お奉行様はお疑いですか。そんなことをするわけがございません。お奉行様はご存じのように火消奉行の酒井様は名門の誉れ高いお方。そんなお方に私がはした金を袖の下として渡したとしても、なんの利益もございません。むしろ村吉から返してもらった金で次の長屋を建てる資金にしたほうが得ではありませんか。
 組頭の青野様とは、一昨年の大火事で焼けた青野様のお屋敷の修理でお近づきさせていただきましたが、それがいったい何か。
 いえいえ、青野様を通じて酒井様となどと、手前どものような商人がお近づきできるわけがございません。酒井様は火消奉行として、中之島の長屋を建てるに当たって、火消し都合でのご意見を頂戴しただけでございます。
 森蔵については、今朝方、うちの通い手代が、大川を渡ったところで、川岸に浮かんでいるのを見つけただけでございます。手代が店に来るのが遅いので、理由を聞いたら、そういうことでございました。森蔵という名前もそのとき手代から聞いた次第で、顔も素性も私は知りません。
 村吉が森蔵と一緒になって不法な長屋を建てたんでございますか。へぇー、それはそれは。初めて聞いた話で、驚いております。それじゃ、私は、村吉だけでなく、その森蔵という奴にも裏切られたことになるんでございますね。あぁ、本当に悔しい。悔しくて涙が出そうでございます。今住んでいる店子達が不憫でなりません。小島屋の建てた長屋は紙長屋などとかわら版にかかれたり、噂は江戸中を飛び回り、屋敷の修理や、新しい長屋の買い手がまったくつかず、店賃を支払わずに出て行く者も多く、小島屋の台所は大変苦しゅうございます。ですから、中之島の長屋を建て替える余裕もなく、行き所を失った店子だけが残されておりまして、その者らにいくばくかの金を渡して、どこか安全な長屋に引っ越しでもさせてやれれば、と思っているのですが、なかなか難しゅうございます。これで村吉が賠償してくれればよいのですが、奴のところも借金取りが押しかけているとか。いったいどうすればよいのか。お奉行様、なにとぞお力を、お助けくださいませんか。
 はい、よくわかりました。それでは、ここを失礼しましたら、私の私財をなげうって、命に代えてでも中之島の長屋の住民をすぐにでも安全なところに移しましょう。その後は、きれいさっぱり小島屋信太郎、一から出直しでございます。

町奉行に問われたる店子の物語

 へえ、あっしは、小島屋の中之島長屋に住んでおります、平蔵と申しやす。以前は神田錦町の熊三親分のところで大工をしておりやしたが、ちょっとした事故で指を無くしまして、今は水運びをしている日雇い人足です。はい、水運びは駄賃は安いんですが、天気がよいときは毎日仕事がありやすし、飲み水の出ない島中の人々には感謝される仕事なんで、やりがいはありやす。
 ですから、小島屋さんの中之島長屋が、家賃が安くて、かかあも早くしなきゃ借り手が着いてしまうって囃し立てるもんですから、イの一番で借りた次第です。借りたときは良かったんです。きれいで、かべも白くって。でもよくみると漆喰の塗りが薄いじゃないですか、しかも壁をさわるとなんだか一面柔らかいんです。あっしは左官の仕事はよくわかりやせんが、その壁が贋もんだってことくらいは、今までの大工仕事の感でわかりやした。おそらく竹編みではなくて、荒縄で編んで、砂かなんかで、壁を作ったんだと。こりゃ、ひでえところに引っ越してきたな、とは思ったんですが、何しろ場所が良くって、水運びの河岸はすぐ目の前だし、しかも家賃は今までの半分ぐらいで住みますし、中之島ぜんぶが新しい家ばかりできれいだったもんですから、雨露さえしのげれば良いかと自分自身を納得させちまったんです。
 小島屋さんが送り込んだ大家さんも、人当たりの良い人で、あっしがいないときに、かかあが熱出したときは、熱冷ましを拵えてくれたり、たいそう親切にしてくださいました。若いのに気が利くしたいしたもんだと、噂しておりやした。ただ、あっしはどこかで見たことがあると思ったんですが、思い出せ無くって。たぶん大工仕事しているときに、あちこち行きましたんで、見かけた人なのかも知れませんが。
 長屋の方は、周りの店子も、まぁ裏店ですから、似たような境遇のもんが多くて、かかあ同士は仲良く、あっしら男連中も、結構仲良く住んでたんです。
 それが、あの日。お奉行さんもご存じの正月四日の明け方に起きた地震ですが、あのとき、家中ががたがた、ぎーぎーと悲鳴を上げたみたいになっちまって、かかあは怖がって頭を抱えて丸くなるは、あちこちから悲鳴は起きるわ、ひどい有様でした。なにしろ壁や柱がゆらゆらと揺れて、あっしの家の引き戸が吹き飛んでしまったぐらいでさぁ。土壁は半分以上が壊れて、砂がまわりにぶちまけられたようになっちまいました。ですから揺れが収まったときには、なんてひどい地震が来たんだろう、って思って、怖がっているかかあを建たせて、家を出たんです。きっと町中で大変なことになっていると思ったんで。ところが、どうしたことか、他の長屋は何ともなく建っているじゃぁありませんか。こっちの長屋の連中が幽霊みたいになっているのを、無事な長屋連中は、何が起きたのかと不思議そうに眺めていましたっけ。そんとき、はっきりとあっしにはわかりやした。この長屋はいいかげんな造りだってことが。
 そして、急いであっしは大家さんのところにかけつけたところ、大家さんはいませんでした。大家さんは同じ長屋の表店の端で町番屋をやっていましたが、表戸が開けっ放しになっていましたから、地震の騒ぎを小島屋に知らせに行ったか、どこかで何かがあってそっちにかり出されているのかと思いました。しかし、いつまでたっても大家さんは戻ってきませんから、あっしらは自分の家に戻ったんです。
 あれから、何日たっても大家さんは戻ってきませんでした。ですから小島屋にも大家が行方不明だって知らせたんですが、なんの音沙汰もないので、中之島で十手を預かる藤七親分に大家さんのことを話して、探してもらおうと思ったんです。それが、こんなことになるなんて。
 へぇ、さっき顔を見て参りやした。確かに大家さんです。えっ、ほんとうですかい。森蔵っていうのが本当の名前なんですかい。通りで、そうだ、思い出し屋下。森蔵さんといや春木屋さんのところに出入りしていた大工じゃないですか。大工の腕はたいしたことはないが武家屋敷や、神社、寺なんかの図面書きや算盤なんかが得意で、重宝がられているという噂を聞いたことがあります。確か、組頭の青野様のりっぱなお屋敷は森蔵さんが図面を引いたんだと、神田の熊三親分が感心していたのを覚えておりやす。
 え、はい。お奉行様のお言葉、心に染み渡りやす。ありがとうございやす。いち早く、長屋から引っ越したいのは山々ですが、先立つものもなく、行く当てもなく、どうしてよいのか、目の前が真っ暗なんです。幸い仕事にはありつけておりやすが、家に残されたかかあが心配で。いつ倒れるかわからない、長屋の下敷きになって死ぬなんて嫌だと、かかあは言ってるんですが、その心配が病につながったのか、実は家で寝込んじまってるんです。今も心配で、心配で。
 それに大家さん、いや森蔵さんが死んじまいましたから、お奉行様もご存じのように小島屋が新しい大家をしたてないことには、あっしらは大家の紹介状が無いことには引っ越せません。できましたら、お奉行直々にあっしらの引っ越し先をご指示くださると、ありがたいのですが。
 え、ええっ。本当ですかい。そりゃぁ、助かります。お奉行の書き付けがあれば鬼に金棒でさあ。本当にありがとうございます。かかあがよろこびます。ほんとうに、ありがとうございます。

目付に問われたる火消奉行の物語

 この度は、お目付殿直々に、とは珍しゅうござるな。夜風が体に触るやも知れませぬ故、もそっと中に入られよ。
 さてさて、何のご用かな。おお、その話。わしも中之島の地面を区分けするに当たって、頭を絞ったので、よく知っておる。なにしろ昨年の火事はひどかったからの、風が強かった上に、町火消しが長屋を壊そうにもなかなか崩れぬときたものでの、あっという間に火が広がってしまった。なんのかんのとひと月ちかくくすぶっておったから、手を焼いた火事じゃった。それが、なにかわしの落ち度にでもなるのかの。
 いやいや、そうではない。区分けは火事の延焼を抑えるために、往来の幅を広げ、いざというときに家、屋敷を落とす場所を確保するためのものじゃ。小島屋の地面には手つかずじゃと。それはたまたま、そうなっただけであろう。小島屋が所有している地面がたまたま往来の拡張などに、適していなかっただけであろう。なんなら、区分けを検討した与力奉行の篠原を呼んで一緒に話をしようではないか。
 え、すでに聞いておると。それは、なんと、手早いのぉ。それで篠原はなんと申しておったのじゃ。
 そんなことはあるわけないではないか。わしが小島屋の地面をいじるななぞと言うわけがないではないか。言ったとしても、それはたまたま小島屋の地面が火除地に適していなかっただけじゃ。おぬし、わしの話よりも勘定方からの与力である篠原の言い分を信じるのか。
 いや、わかった、わかった、おぬしの仕事ぶりは城内でも鳴り響いておるわ。とにかく、わしは小島屋の関わり合いで、地面の区分けについて指示などしておらん。
 ん、なに、なにを言い出すかと思えば、この床柱か。どうじゃ、すごいであろう、北山杉の銘木である。あ、う、そうじゃ、おぬしのいうとおり、昨年屋敷を修理する際に春木屋が持ち込んだものじゃ。
 いや、しばし待て、そんなはずはない。屋敷の修理にはきちんと修理依頼とあわせて図面を提出してあるはずじゃ。なに、その図面の床柱と違うというのか。お上を謀ったつもりなど、あるわけないではないか。なにかの手違いじゃ。え、なに、この北山杉の床柱が如何ほどのものか、だと。知らぬわっ。勝手に春木屋が作ったのじゃ。わしのせいではないわ。
 そうじゃ、そうじゃあのときは、組頭の青野殿と一緒に修理を行ったのじゃ。青野殿に聞いてみよ。おそらく書類が入れ違っておるのではないか。きっとそうであろう。えっ、なに、青野殿は自害したと。なぜじゃ。ん、そうかっ、遺書があるのか。なに、その遺書に小島屋とわしとのつながり、賄賂の受け渡し、武家船倉を使ったご禁制品の輸入のことまで書いておるというのか。そんなことは知らん。青野が気が触れたのであろうよ。証拠はあるまい。わしを誰だと思っておるのだ。
 なに、おぬし、今なんと言った。この件が殿の耳にまで入っているというのか。
 くっ、もはや、これまでかっ。

(つづく)
[PR]
by namuko06 | 2005-11-29 22:39 | ニュース
とうとう...
私が住む小学校でも、「チョコレート買って上げる...」事件の模倣犯がでた。「チョコレート」で誘われた小学生は必死に逃げたらしいが、怖かっただろうと思うと、胸が痛む。早々にパトロールに出なくては。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-29 12:30 | ニュース
下校時の事件
 小学生が登下校時に事件に遭うケースが増えているような気がする。先日起きた広島の事件はあまりにも痛ましい。犯行時間がきわめて短い印象だが、そんな中で早急に命を奪う犯人に、怒りを感じる。一方、学校長のコメントは、安全に下校し家に帰り着けなかったことに、責任を感じていた。教育者としての無念さがにじみ出ていた。教育を施すというのは、命を育むことに等しいと思う。その子供の命を奪われるのは、自身の子の命を奪われるに、等しい。
 話は変わるが、私の近くの小学校校門で、下校時に横断歩道をわたっていた小学生がオートバイに接触してケガをした。一緒に歩いていた数人も巻き込まれた。幸いケガは深刻ではなかったようだが、そのときの教師の対応が奇妙だった。オートバイは、学校の搬入業者が横断歩道付近に駐車していたために、横断歩道の見通しが悪く、不注意のまま横断歩道を横切ろうとして、わたってきた子供に接触した。たまたまその生徒の親が近くにいたために、駆けつけた救急車に事故を起こした人と一緒に病院へむかったが、事故の様子をみにきた教頭は、笑顔でその救急車に手を振っていた。なぜ、笑顔なのであろうか?
 その後の学校の対応はというと、なにもない。子供達に安全指導もせず、親たちへの下校時の安全確保の協力すらない。事故が敷地外で起きたために、自分たちの監督責任はないとでも思っているのだろうか? 事故責任自身は事故当事者同士での問題だが、小学生の登下校の監督責任は、親・学校にあるはずだと思うのだが。教頭のあの笑顔は、学校の敷地外での事故で面倒なことから解放された故の、ほっとした笑顔だったのだろうか? 
 僕自身は、学校に関係する業者が横断歩道付近にトラックがあったことが事故の要因であると思う。そのような状況下にあるのならば、なぜ横断歩道に教師が張り付いて、子供達を横断させなかったのか? こういうと後出しじゃんけんのようだが、この下校時間には、毎日のように停車しているのだ。学校側の危機管理がお座なりになっているのは、非難されるべきだ。
 一方で下校時に命を奪われ、心を苦しめている教師を見て、もう一方では学校の目の前で事故がありながらも責任を感じない教師もいる。命を奪う犯人も、教師も、そして僕も同じ人間なのに、人間性の違いは紙一重の差でしかないのかもしれない。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-28 15:30 | ニュース
紅葉
d0053733_17502990.jpg

d0053733_1751730.jpg

みずみずしいほどの黄から橙へのグラデーションをみせてくれたもみじ。そして、燃えるようなな紅色のもみじ。どちらも塩原温泉郷で撮った。上のもみじは、竜化の滝の下流の川面を覆い隠すように、僅かな日差しを求めて色付いていた。下の写真は、塩原温泉ビジターセンター前にあった一本のもみじで、遠方にあった松の緑を背景にとても映えていた。
 渓谷全体が、燃えるような紅葉で、僕の気持ちを高揚してしまった。いくつかの吊り橋をわたりながら、振り返ると、前日の雨のせいか水量を増して、荒々しく流れる箒川とは対照的に、厳しい冬の前に森、山全体が愉快に踊っているようだ。こんな自然の美しさにふれると、心がリセットされていくのを感じることが出来る。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-13 18:03 | 旅行/温泉
無念 
Excite News:服部氏「本田美奈子基金」つくる
 無念である。いつも復活を期待して、芸能ニュースで、「元気に一時退院した」と聞いていたので、安心していたのに。あまりにも急な話だ。学生時代の同級生も同じ病気で亡くなったが、このときはその死が実感として受け止めることは出来なかった。
 そして、彼女。昨年祖母を亡くし、今年父を亡くし、死というものに前向きに考えることが出来たいまは、彼女の死を現実として受け止めることが出来る。また、その家族の無念さも十分に理解できる。そして、彼女自身の気持ちも。
 理解できると言うことは、この病気で先に逝ってしまった友人・人々からのメッセージなのかもしれない。現在戦っている人々を助けなさい、という。そうであれば、僕もなにかをしなければならない。何が出来るだろう。今、病気で戦っている知人のためにも、何かをしなければ。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-09 14:15 | ニュース
心から、おめでとうございます
Excite News: 原田が初優勝 全日本剣道選手権
 原田六段の優勝までの道のりは、とても長く苦しかっただろう。初デビューでいきなり2位それ以来、全日本選手権の常連でありながら10年近く優勝できなかった。一方決勝で負けた内村は、これが初デビュー戦。まるで原田の再来のようだ。若々しくきびきびとした剣捌きに勢いがあった。決勝戦の前半も気持ちの上では内村のほうが勝っていたように感じた。原田は準決勝までの果敢な積極さが、決勝の前半は内村の仕掛けの速さに、少々手こずっていたように感じた。しかし、後半は全力でここまできた内村の体力が落ち、その集中力が切れたとたん、原田は反撃に乗じた。原田の攻めに身を投げ出して技を殺し、または仕掛けを速くしてしのいでいた内村は、原田のこれまでとは違うパターンの流れを、かわしきれずのけぞってしまった。最後まで集中力をきらさないベテランらしい素晴らしい一本だった。決まった瞬間、思わず涙ぐんでしまった。そして、これまでの原田の苦労や全日本選手権に対する思いなどを思いめぐらせて、ふたたび、胸が詰まってしまった。
 おめでとう、原田六段。これまでの長い苦しい道のりは、今日の喜びのためにあったのだ。
 負けた内村四段よ、準決勝で見せた胴に心打たれた。もっともっと磨いて欲しい。身を捨てて全霊を傾けた胴を再び見せて欲しい。
[PR]
by namuko06 | 2005-11-03 23:03 | スポーツ