ふと思いついたこと
by namuko06
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
タグ:スポーツ ( 3 ) タグの人気記事
内藤選手のファンになった
夕方のニュース番組に4,6,8チャンネルに出ずっぱりだった内藤選手だが、そのしゃべり方、表情、語った内容に、知性、礼節、倫理観など様々なものを感じ取れた。さすが、チャンピオンは器が違う。ぜひ、次の防衛戦も勝ち、その名を深く、日本ボクシングの歴史に刻んで欲しい。

Excite エキサイト : スポーツニュース

<ボクシング>亀田親子会見 内藤は「終わったこと」と淡々 [ 10月17日 20時03分 ] 毎日新聞

 17日の亀田親子の謝罪について、所属する宮田ジム(東京都葛飾区)で会見の模様をテレビ中継で見たチャンピオンの内藤は、「反省している気持ちは伝わった。もう怒りはない。終わったことと割り切りたい」と淡々とした表情で感想を語った。

 金平会長がおわびを口にしたことで「ほっとした」と言い、亀田親子が謝罪に訪れたら「会ってみたい。いがみ合ったまま終わったので、次に会う時は『お疲れ』と声をかけてボクシングの話をしたい。そこがスポーツのいいところ」と笑みも浮かべた。亀田大の反則行為や言動にも「僕の18歳のときは、もっともっとガキだった。落ち込んでいるようなので、僕が一声かけることで戻るならうれしい」と話した。

 ただ、亀田家との再戦は「今の段階では考えられない。ファンあってのボクシング。ファンが『亀田は変わったな』と思った時に考えるかもしれない」と述べるにとどまった。【小坂大】

[PR]
by namuko06 | 2007-10-17 20:44 | スポーツ
60歳の現役打撃投手の引退、お疲れ様でした
1日150球、年間約4万球を28年間、打撃陣の技術向上のために、投げ続けてきた、その事実に感動した。そして、そのために自身を律し、まさに精進を重ねて来た結果、水谷さんの顔に刻まれた皺は、まるで修行僧のようだ。凛々しくて、悟りを開いたかのような穏やかな顔立ちに、心打たれる。オリックスの選手が彼を父親のように慕う理由がよくわかる。このような人がいるからこそ、スポーツは成り立っているのだ。是非、OB戦での投球を見たい。そして、長い間、ご苦労様でした。ありがとうございました。

オリックス水谷打撃投手、還暦の「引退」

 オリックスの水谷宏打撃投手(60)が秋季高知キャンプ打ち上げの20日、“現役引退”を表明した。打撃投手としては球界最年長で「近鉄いてまえ打線」の生みの親。その道一筋28年でチームを陰から支えてきたが、還暦を区切りに第一線を退く決意を固めた。清原らが「一日も長く現役を続けて欲しい」と慕っていた「みずさん」は、この日の練習で最終登板後にナインが胴上げ。名物打撃投手は涙、涙で別れを告げた。

 「みずさん」の目からいっぱい涙がこぼれた。オリックスナインも泣いていた。「この歳まで使っていただいて、本当にありがとうございました…」。声を絞り出して頭を下げると、みんなに担がれて3度、高知の青空に舞った。

 水谷宏さん、60歳。その道28年の球界最年長打撃投手が、秋季キャンプ打ち上げのこの日“現役引退”を表明した。「今年いっぱいで最後と思っておりました」。まだやれる、の声が飛ぶ中で、還暦を区切りに身を引く決意を固めていた。

 水谷さんは1968年(昭43)にドラフト1位で近鉄に入団。4年目に横手投げに転向した。そして78年の現役引退後、西本監督から「手伝ってくれ」と要請されたのが打撃投手だった。当時のパのエース級は阪急山田や足立、日本ハム高橋直らが全盛。猛牛軍団のアンダースロー対策として、貴重な役割を果たした。そして梨田、佐々木、大石、中村ら「いてまえ打線」を陰からサポート。4回のリーグ優勝に貢献した。

 「嬉しいのは投げた選手が試合で結果を出して報告してくれること。優勝できたのが1番の思い出です」

 1日150球で、年間約約4万球。「気持ちよく打ってもらうために」28年間で112万球ものボールを投げ込んできた。もちろん長寿の秘訣は「節制」だ。酒は好きだができるだけ控え、タバコは吸わない。食事では必ず野菜でビタミンを取る。「いかに筋肉の退化を遅らすか」と自宅でテレビを見ながら鉄アレイを握ったり、近所を走ったりして衰えと戦ってきた。素顔は3人の孫もいる好々爺。すべてはチームの優勝のために、と汗水を流すことは惜しまなかった。

 そんな「みずさん」が還暦を迎えた今年4月には、みんながお金を出し合ってゴルフウエアを贈った。清原も「ずっと長いことやってて欲しい」というほど、ナインから父のように慕われる存在だった。最終登板となったこの日も、前田、鈴木、横山、長田を相手に目いっぱいの150球。みんな泣いていた。

 「同期生はみんな有名選手になって監督やコーチになったけど、私はプロ5勝どまり。でも本当に幸せな野球人生でした。これからはファンとしてチームの優勝を願って見守ります」

 ドラフト同期には星野、田淵、山本、福本、有藤らがいた。だがスポットライトを浴びることはなくても「みずさん」が球史に残した足跡は光り輝いている。名物打撃投手の生き様は、しっかりと記憶に刻まれた。【松井清員】

[2006年11月21日9時52分 nikkansports.com 紙面から]

[PR]
by namuko06 | 2006-11-21 17:58 | スポーツ
後悔はまさにわれわれの意思を否定することにほかならない
玉田王国に一矢…左足一閃!! 鮮やか先制ゴール(夕刊フジ)
 ブラジルとの力の差は歴然としていた。日本は22日、ドルトムントでブラジルに1−4で完敗し、1次リーグ敗退が決定。玉田のゴールで先制したものの、後半は足が止まり防戦一方に陥った。
 2試合で無得点の高原、柳沢の代わりに巻、玉田の2トップでブラジルに挑んだ日本。序盤はブラジルの攻めをしのぎながら、速攻を狙う展開が続いた。前半7分、中央のロナウジーニョからエリア内でパスを受けたロナウドが、左足でシュート。これは川口が好セーブ。11分、15分にはドリブルで切れ込んだロビーニョのシュートを立て続けに川口がはじき返した。日本は右サイドの加地が起点となってたびたびブラジルゴールに迫ったが、決定力不足。
 その後もブラジルの猛攻が続いたが、34分、左サイドで稲本からのパスを受けた三都主がドリブルでエリア手前まで持ち込み、オフサイドラインぎりぎりを走る玉田へスルーパス。パスを受けた玉田がダイレクトで左足を振りぬき、GKとポストの狭い間にシュートを決め、日本が先制した。
 攻められながらリードするいい形で折り返しかけた前半のロスタイム、ロナウジーニョの浮き球のパスにシシーニョが頭で折り返し、中沢のマークを外したロナウドにヘディングシュートを決められ、同点とされた。
 これで集中が切れたのか、日本は後半に入ってもいいところなし。後半8分、ジュニーニョのミドルシュートは、無回転でゴール左に突き刺さり逆転。14分には、フィールド中央のロナウジーニョから長いスルーパスを受けたジウベルトが川口と1対1になり、右下隅に決められ、突き放された。
 15分には巻の代わりに高原が投入されたが、負傷して6分後に大黒と交代した。36分、ロナウドに、W杯史上通算最多ゴールタイ(14ゴール)となる4点目を決められ、実力の差をまざまざとみせつけられた。

 サッカーW杯の日本代表が予選リーグ敗退となった。世界中を巻き込んだこのお祭りは、これから決勝トーナメントが行われ、世界一を決めることとなる。様々なメディア、ブログ、ネット掲示板では、日本代表選手への激励、感謝もさることながら組織、監督、選手批判も大量に氾濫している。
 私は、このリーグ戦3戦を俯瞰して考えてみたい。初戦のオーストラリア戦では、肉弾的な敵の戦術にまんまと嵌ってしまい、クロアチア戦では互角の四相撲を展開し、ブラジル戦は、圧倒的な敵の戦力に対し、力尽きた、と言えるだろう。その中で、最終戦の玉田の思い切りの良い豪快なシュートは、燃え尽きる前の蝋燭の炎のようで美しかった。しかし、それだけだ。どの試合をみても、日本選手の体力不足は明らかだった。他グループ、他国チームは、後半になってもパワーやスピードが落ちない、緩急をつけた戦術を展開できる体力が十分に備わっていた。残念ながら日本代表にはそれがなかった。
 しかし、その原因が選手達にあるとは思えない。4年間の準備では、おそらく日本はスピード重視の戦略を打ち立ててきたに違いない、他国はパワーとスピード、持久力を総合力として上げてきた、その4年間の選手育成戦略に大きな違いがあったのではないか。
 さて、次のW杯ではどのような試合展開になるのか十分に検討して、4年間の選手育成戦略を立てなければならないだろう。とくにセンターフォワードとよべるべき、攻撃の要の育成と、90分フルパワーで動けるための持久力。そして、瞬時の判断力をもった選手の発掘と育成だ。
 これから、日本のサッカー選手達のさらなる成長を目に刻んでいきたい。
[PR]
by namuko06 | 2006-06-23 19:11 | スポーツ